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【米国獣医マッチング】2024年のスケジュールを紹介!
この記事では、2024年のマッチングのスケジュールについて解説します。 候補者には、2回の締め切りがあります。この締め切りに何を提出するかなどをイメージして、期限前にしっかりと準備ができているようにしましょう。 2024年カレンダー 2023年9月1日プログラムエントリー 2024年のマッチは、前の年の9月から始まります。 プログラムのエントリーとは、各大学や動物病院がポジションの掲載をし始めることを指します。この間、候補者はまだこの情報を見ることはできません。 2023年10月1日プログラム検索 10月になって、初めて候補者がポジション(プログラム)を検索することができるようになります。この期間は、まだすべてのポジションが掲載されているとは限らないため、検索をし始めるのはいいですが、プログラムエントリーの締め切りまでは情報をアップデートし続ける必要があります。 2023年11月1日プログラムエントリーの期限と候補者の登録開始 ここでようやくすべてのポジション(プログラム)についての情報が出揃ったということになります。 この日から、候補者はマッチングプログラムに個人情報を登録をして、サインインできるようになります。 この期間に行わなければいけないことは大きく2つです。 ①プログラムのリサーチ プログラムに関する詳細の体外はマッチングのホームページに詳細が書いてあります。しかし、外国人の受け入れやビザの複雑な事情がある場合は、「きっとそうだろう」と仮定しないで必ず直接担当の方に問い合わせることをお勧めします。 それによって、広がる可能性もあれば、採用されないポジションに申し込んで自分の時間を無駄にすることも防げます。 ②パケット(必要書類を揃える) マッチングプログラムに必須となるパケットとは以下になります。 卒業した獣医大学の書類を集めるのに、時間がかかることもあるので、余裕を持って準備することをお勧めします。 履歴書、パーソナルステートメントを完成させるのに、私はものすごく時間を要しました。早めから取り掛かり、アメリカで獣医大学で働く先生などに添削してもらうことをお勧めします。 日本人の謙虚なステートメントは、アメリカ人からすると「自信のなさ」と捉えられてしまう可能性が高いです。よって、アメリカ人にとって見栄えの良いステートメントにするための努力が必要かもしれません。 私個人的な意見としては、このパケットの中で最も重要なのが推薦状です。そして、いい推薦状をもらうために1年間もしくはそれ以上努力をし続ける必要があります。誰に頼むかがキーとなります。大御所の先生の書いた、「弱いレター」と、無名の先生の書いた「強いレター」。おそらく後者の方が良い印象を与える可能性が高いです。「強いレター」をもらえる人から推薦状をもらうようにすることをお勧めします。 推薦状は、候補者を介さず、直接VIRMP協会へ送られることになります。よって、候補者は、自分のサインインページから、推薦状が提出されたかをみることはできますが、中身を見ることはできません。 推薦状がもしも期限ギリギリまで揃っていない場合は、書いてくれる人が忘れている可能性を考慮して、リマインドを送ることをお勧めします。もしも推薦状が申し込み締め切りまでに間に合わなければ、実質どこの学校ともマッチしない可能性が高いので気をつけましょう。 2024年1月8日申し込み締め切り この日が、上記に述べた2点(応募するプログラム及びパケット)のデッドラインになります。この2点以外にも、大学固有で必要な提出書類がある場合もあるので、しっかりと確認しましょう。 この申し込みが終わったら、次の締め切りまで何をするのでしょうか。 この間には、面接を受けたり、どのプログラムに行きたいか(もしくは行きたくないか)を決めるための情報収集を行います。 面接のオファーは大学側からくることが多いです。オファーをもらうということは、大学側があなたに興味がある証拠です。もしも面接のオファーが来なかった場合は書類で「可能性が低い」と捉えられた可能性が高いです。(ローテーティングインターンには面接を行わないことが一般的です) 日本から応募する場合、自分もそうでしたが、「どこでも良いから入れてくれ」状態になりがちです。実際そうなのですが、面接をする側としては、「どこでも良いならウチでなくてもいいな」と感じてしまう可能性が高いので、しっかりとプログラムの特徴を把握し、「このプログラムで勉強したいです」と伝えることをお勧めします。 2024年2月16日候補者のランキング締め切り マッチング最後の締め切りです。 ここでは、面接などで得た情報や感触をもとに、どの大学に行きたいかの順番を決めます。 「この大学には絶対に行きたくない」という場所があれば、その大学をランクから外すことで絶対にそこにマッチする可能性は無くなります。 また、何らかの事情によってマッチングから手を引きたい場合(来年から働けなくなる、など)はここで「withdraw」することで、どこにもランクしていない状態にすることができるので、ペナルティなくマッチを中断することができます。 万が一、マッチしてしまった大学で働けなくなった、という状況が起こった場合、マッチングプログラムに次から3年間申し込みすることができなくなる「ペナルティ」が課されることになるので注意しましょう。 2024年3月4日マッチ結果発表 候補者のランキングの後に、大学側の候補者のランキングが行われます。これによって、マッチングのアルゴリズムに沿ってだれがどこの大学のプログラムに入るかが決定することになります。 もしもマッチできなかった場合、スクランブルと言って、マッチできなかった候補者とマッチできなかった大学の個々の採用が始まります。スクランブルは、もはや早いもの勝ちと言ってもおかしくないシステムなので、自分から大学に積極的に連絡をとりに行く必要があります。 また、連絡が来る可能性もあるので、電話やメールにすぐに対応できるようにしましょう。 2024年3月18日情報開示 ここで、定員割れしたポジションの情報が、マッチングに申し込んだ人以外にも開示されることになります。誰でもあいたポジションを狙いにいける期間ということです。 終わりに この記事でマッチングのシステム(どの時期に何をしなければいけないか)を理解していただけたでしょうか。候補者としてやらなければいけないことはそこまで多くありません。ただ、様々な情報が飛び交ったり、他の人の話に流されたりと、とてもストレスがかかる時期と言ってまちがいないでしょう。 準備をしっかりすることで、少しでもチャンスが大きくなる可能性があります。寒い時期で辛いですが、みなさん頑張ってチャンスを掴んでください。
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【犬猫呼吸困難の原因11種類】病態から理解する犬猫の病気
【呼吸困難の原因】についてのインスタグラムの投稿です。 呼吸困難は11種類の病態に分けることができます。 解剖学的にどこに問題があるかで、安定化のアプローチが異なってきます。 これらを呼吸様式や聴診、身体検査、TFASTからこれらを分類することで、命の危険がある状態の患者さんの安定化方法が見えてきます。 安定化後のさらなる検査によって診断を絞っていきます。病態による分類ごとの鑑別疾患リストがあれば、どんな検査が必要になるかもプランが立てやすくなります。 11種類も多い!と思われるかもしれせんが、一つ一つ病態を理解すれば、どうして神経系の病気と呼吸器の異常がつながるか、などがわかるようになります。 View this post on Instagram A post shared by みけ🇺🇸と学ぶ ER/ICU動物看護 (@eccvet_mike) View this post on Instagram A post shared by みけ🇺🇸と学ぶ ER/ICU動物看護 (@eccvet_mike) \この記事のハイライト/☆呼吸困難の原因を11種類に分類する☆各分類に含まれる疾患をイメージする \関連記事/☆呼吸困難の原因11種類(前編)☆上部気道疾患☆下部気道疾患☆神経原性呼吸困難☆胸腔内の疾患☆胸壁の疾患(後編)☆胸腔外の疾患☆肺実質 ☆心原性☆肺血栓 ☆血管系 今回の投稿がためになった!面白かった!という方は見返せるようにインスタグラムで保存やいいね!もよろしくお願いしますm(_ _)m
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犬・猫の呼吸困難②11カテゴリーに分けて考える
はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。 この記事では、新人獣医さんに向けて、呼吸困難の症例がきた時の診断までの思考プロセスをご紹介します。このプロセスをしっかりと理解し、鑑別疾患を上げて順序立てて診断を組み立てて行く事で、呼吸困難患者さんに向き合うのが怖くなくなります。 犬・猫の呼吸困難①では、なぜ診察の際に「ちゃんと考える事が大事か」を説明しました。犬・猫の呼吸困難②では呼吸困難の原因11つのカテゴリーをご紹介します。このカテゴリーに当てはめる事で、患者さんをどう安定させるかのヒントを得る事ができます。臨床現場で直結して役に立つ内容を、アメリカのトレーニングで学んだ事や経験を盛り込みながら解説します。①-④まで最後までご覧ください。 呼吸困難患者さんの診察のゴール 呼吸困難総論の最初の記事なので、最初に獣医師の仕事としてのゴールについて書きます。 私たちのゴールは、3つです。 アメリカの救急集中治療科の役割は、主に①になります。そして②と③は内科が専門とする領域になります。 全ての呼吸困難は、11つのカテゴリーに分類する事ができます。①は、呼吸困難の原因をこの11のカテゴリーのどれにあたるのかを即座に判断し、それに応じた安定化を行うという工程になります。 さていよいよ、11カテゴリーをご紹介していきます。 頻呼吸を11カテゴリーに分けて考える 呼吸が速い、努力呼吸の原因はこれら11個のカテゴリーに分類できます。最後のlook-alikeとは、痛み、酸塩基のバランスの乱れ、興奮、敗血症、など、呼吸器や換気以外の原因が含まれます。 呼吸器の症例を見たときに、最初のゴールはこの11個のカテゴリーのどれに当てはまるかを推測することになります。 このカテゴリーの中に、様々な病態が含まれます。具体的な疾患を診断する前に、11つのうちどれに当てはまるかを分類する事で、次のステップ、診断(どこにフォーカスを当てるか)や安定化の方法が異なります。 上部気道、下部気道、肺実質のおさらい それでは、11個を上から順に説明して行く前に、上部気道、下部気道、肺実質のおさらいだけしておきます。 呼吸器は、上部気道、下部気道、肺実質の3つで構成されます。呼吸困難の全てがこの3つに分類できれば簡単なのですが、呼吸器以外の疾患によっても呼吸困難が生じるので、11カテゴリー全ての可能性を考慮する事が重要です。 それではいよいよ、①からざっくりとカバーしていきます。もっと詳しく勉強したい方は、リンクからその疾患に特化したページもご用意しているので、ご覧ください。 ①上部気道閉塞: upper airway 上部気道閉塞の異常で代表的なのは、短頭種気道症候群です。外鼻孔狭窄、軟口蓋過長、気管低形成とといった、気管支手前までの気道が狭くなる病気の総称です。(短頭種気道症候群に関してはこちらのページで詳しく解説しているのでご参照ください) 他には、鼻腔内ポリープ、腫瘍、異物、喉頭麻痺、喉頭虚脱、気管虚脱などの病気があります。 上部気道閉塞を患った患者さんは特徴的な呼吸をします。聴診器を使わずにも聴こえる、ストライダーやスターターという異常呼吸音を出します。呼吸様式、聴診に関してはこちらの記事で解説しています。 上部気道閉塞を引き起こす代表的な疾患 ②下部気道閉塞: lower airway 下部気道疾患の代表的な疾患 肺胞に入るまでの細い気管支に炎症などの異常が起こることで呼気努力が生じるのが特徴的です。お腹で押すように、吐く時に力を入れます。呼吸様式は、吸う時間に比べ吐く時間が長くなることも特徴的です。聴診では、笛の音の様なウィーズが一般的に聞こえます。 猫は喘息が重症になると開口呼吸をします。 慢性気管支炎や猫喘息の原因は様々です。環境的な要因が関与していることもあります。 ③肺実質疾患: parenchymal diseases 肺実質の異常に含まれる代表的な疾患 誤嚥性肺炎やケンネルコフなどの肺炎がよく見られる代表疾患です。他には、ARDSやALIなどの肺炎、寄生虫やカビ感染、異物の混入などによる肺炎、免疫疾患である好酸球性肺炎などもあります。 呼気吸気にかかわらず呼吸数が速くなることが多いです。感染性の場合、呼吸様式の変化だけでなく、湿性の咳をしたり、発熱などの他の症状を呈することもあります。酸素化機能が低下するため、重度の場合、チアノーゼが見られることもあります。 ④胸腔内の異常: pleural diseases 胸腔内の異常に含まれる代表的な疾患 胸腔内で何かが大きくなる/増えることで肺が広がるスペースがなくなり、換気不全になります。うまく換気できないことで体内にCO2が蓄積することから呼吸数が上昇します。 猫では、胸水によってparadoxical componentといって、胸とお腹の動きが相反するような呼吸をすることが多いといわれています。 胸水の原因も様々で、腫瘍、出血、感染、乳糜、心臓病(犬では右心不全、猫では左心不全でも生じる)、特発性などがあります。また、気胸と言って、胸腔内に空気がたまる病態、胸腔内の腫瘍の増大においても肺がうまく膨らめないことによって頻呼吸が生じます。 胸腔内疾患に関してはこちらで解説していきます。 これらの異常は、患者さんにストレスをかけてレントゲンを撮影する前に、FASTスキャンができれば簡単に検出することができます。必要に応じて治療的胸水抜去を行い、安定化してからレントゲンを撮れば、患者さんが急変するリスクを減少できます。 ⑤胸腔外の異常 胸腔外の異常とは、例えば腹部の腫瘍が増大/GDV/腹水などで腹部から胸腔を圧迫、肺が拡がれなくなるような場合を指します。お腹からの圧力が原因の場合は、GDVであれば減圧、腹水であれば腹水抜去などそちらの原因除去を優先させます。 しかし、呼吸器の病気を合併している場合もあるので、原因と思われたものが解除された後の再評価も非常に重要です。 ⑥胸壁の異常: body wall 胸壁の異常の代表疾患…
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【米国で働きたい獣医さん必見‼︎】マッチング(VIRMP)解説シリーズその①概要をわかりやすく解説!
この記事の内容 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。2回のマッチングを経験しています。 この記事では、マッチングに興味がある方のために、わかりやすく申し込みの流れについて解説します。 [read_more id=#8221;1#8243; more=#8221;Read more#8221; less=#8221;Read less#8221;] マッチングとは マッチングとは正式名称、Veterinary Internship and Residency Matching Program (VIRMP)です。 マッチングのシステムを簡単に紹介すると以下の様になります。 マッチングの応募には費用がかかりますが、応募者は複数の大学に応募することが可能です。 タイムライン 毎年申し込み期間は微妙に異なりますが、大体秋から大学のプログラム募集が始まり、冬に候補者の応募締め切りがあり、2-3月くらいにマッチングの結果が出ます。 今年のスケジュールが以下になります。 解説すると、 赤字の部分が、申し込む候補者が必要な項目です。 この予定であれば、1/10までにマッチングサイトに登録、必要なパッケージを揃えて応募する必要があります。 1/10の締め切りまでに、自分が応募できる大学をリサーチし、必要なパッケージを揃え、興味のある大学に応募します。 日本国籍の方は特に、大学がビザを出してくれるかが大きな問題になります。外国人にビザを出せない大学に応募した場合、マッチされないならまだマシですが、間違ってマッチしてしまった場合、ビザがなくて結局働けず、1年間を棒に振るという最悪なことになりかねません。なので、必ずビザを出してくれるかどうかは確認する様にしましょう。 以下に説明しますが、必要なパッケージを集めるのに、時間がかかる場合があるので、余裕を持って準備することをお勧めします。 最初の応募は、複数の大学を選ぶことができます。可能性のある大学にはなるべく応募する様にします。ここで応募した大学以外の大学をランクすることはできませんが、あとでランクから外すことで応募を取りやめることはできます。 そして、1/10から2/18までにvisitingや、面接を行い、どの学校にいきたいかということを踏まえて、ランク付けします。 この時、応募した全ての大学をランクしなければいけないわけではありません。この大学にはいきたくない、と思えばその大学をランクしなければ、その大学には応募されないことになるので、マッチしてしまうことを避けることができます。 マッチングの申し込みに必要なパッケージ 大学によって、必要な書類は異なるのでいきたい大学に合わせたリサーチが必要ですが、マッチングに応募するために最低限のもの(パッケージ)を解説していきます。 獣医大学の成績表 成績表は大学に英語表記のものを発行してもらう必要があります。今までは、大学から直接、成績表をマッチングの協会に送ってもらう必要がありました。自分で受け取ってマッチング協会に送ることすら許されていませんでした。 去年(2021年)から、コロナの関係か、成績表のPDFをアップロードする様な形式に変わりました。なので、成績表のPDFデータがあれば、日本の大学に問い合わせて再発行する必要はありません。 Curriculum Vitae (CV) Cover Letterとは履歴書の様なもので、自分のキャリアや、経験、取り組んできたことなどを示す書類です。 具体的には、以下の通りです。 ルールはありませんが、常識的にどんなことを書くべきか。みやすいフォーマットなどはよく検討するべきです。 Personal Statement Personal statementとは、志望動機のエッセイの様なものです。応募大学に知って欲しい自分のことを書き、自分の能力やモチベーションをアピールする場となります。以下の様な内容を含めることが多いですが、これもCVと同様、特にルールはありません。 あまり突拍子もないことを書いたり、常識外れのフォーマットにしたりすると、読んでもらえるチャンスすら失う可能性があるので、ある程度方にはめた状態で、かつ読み手の記憶に残る様な印象的なものにするのがキーとなります。 以下の内容を含めることが多く、大体500字(ワード1-2枚程度)を目標に書くことが多いです。 これらの内容を含め、自分を売り込みます。 Recommendation letter (推薦状) マッチングを成功させるのに最も重要だと言われているのがこのRecommendation letter、推薦状です。必要な推薦状の数は3-4枚です。…
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アメリカ獣医大学 インターンの1日①スイングシフト
はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医を目指して、インターンをしています。 この記事では、アメリカ獣医大学 インターンの1日、スイングシフトについてご紹介します。アメリカ大学のインターンがどの様なことをしているか、そしてレジデントのポジションにたどり着くために、どの様にインターンとしてパフォーマンスを発揮できるかをイメージしたい方を対象に書きます。 スィングシフトとは そもそもスィングとはなんぞや。と思われる方の方が多いかと思いますが、スィングとは、デイシフトとナイトシフトの穴を埋める微妙な時間で働くシフトのことです。時間帯は施設によって違いますが、私の大学では、スィングシフトのインターンが2人います。一人は、正午から夜の22時まで。もう一人は14時から0時まで。 基本的にはアフターアワー(普通の検査などが17時まで正常運転に対し、それ以外の時間はアフターアワーという)なので、緊急性の高くない場合は検査や治療が限られてきます。 メインの仕事は、ERのレシービングです。入院か、外来患者としてその日のうちに返すかのどちらかになります。入院した患者さんは翌日、適切な科に転科されることになります。 ERの患者さんをレシーブする ERをレシーブしまくることがスィングシフトの主な仕事になります。患者さんの重症度、病気の緊急度、飼い主さんの金銭的な問題によって、アフターアワーに来院された患者さんのプランが異なります。 患者さんが重症で、安定していない場合はもちろんちょっと対処療法して返す、というわけにはいきません。よって、まずは安定化から始まり、診断も治療に関わるものであれば時間外でも行います。 例えば、外傷によって、尿腹が疑われた犬が夜に来院したことがありますが、その時は、安定化を行いながら、腹腔穿刺、体液分析、レントゲン、血液検査、逆行性尿路造影が夜に行われ、緊急手術となりました。 余談ですが、その犬は、サンクスギビングに家族でヨットに揺られていたそう。そしてヨットからジャンプしてさん橋に乗り移ろうとしたときに、上半身だけ捕まった状態になりお腹を強打したそうです。その後から、痛そう、排尿姿勢をとっているのに尿が出ていない。という主訴できました。検査の結果、やはり尿腹であることが明らかになり、緊急手術に進みました。外科の先生に後から聞いた話ですが、膀胱が真っ二つになるほどの大きく避けていたそうです。 こんなにも重症だけど手術で良くなる病気もあれば、今は安定しているけれども、次の腫瘍科の予約を後1ヶ月待てない、という場合などに翌日転科するための入院という場合もあります。中程度の重症度の場合、半日緩和治療をして、明日本格的な検査をするために入院する場合もあります。 また、逆に本当は入院させたい急変する可能性がある患者さんでも、飼い主さんが医療費を払えないということでやむなくその日は皮下点滴などで返して、明日かかりつけの病院に戻って、というパターンもたくさんあります。 入院患者さんを転科させる 入院させるときまった患者さんに対して、ベーシックな診断をすませ、入院プラン、及び翌日の転科先を決めます。 基本的には、入院を決定する前に、各科の先生からコンサルを受けることが多いのですが、「こんな症例がきたので、明日トランスファーします。」ということを伝え、次の日までの治療のプランなどを相談します。 例えば骨折、尿道/膀胱結石、外傷、などは外科へ。糖尿病、気胸、腎不全は内科へ。といった明らかにこの科が適切だろうとわかるものは、その科の先生に直接電話をして相談します。安定していない重症患者はICUへ転送することになります。 ややこしいのが、これは何科に送ればいいの?というときが多々あります。肺の間質性疾患をレントゲン上で疑い、胸水検査にて細菌感染が見られた患者さんがいました。その患者さんは非常に長期的に調子が悪く、慢性経過を辿っていました。なので私は胸腔チューブの設置し、翌日にCT検査、FNA検査をして診断をつけるために内科に転科させることを決めていたのですが、(そこから外科や腫瘍科への転科を期待して)内科がすんなりと転科を受け入れず、膿胸なら手術なんだから外科に転科するべき、と意見を言われたこともあります。 ICUは、重症患者はICUへ転科されるのはもちろんなのですが、費用がないから転科できないという患者さんもICUに転科させられることがありました。大学病院では、内科のトランスファーは、様々な検査をする場合、3000-4000ドル(30万-40万)ほどかかることが多いです。腹部外科は最低でも5000-6000ドル(50-60万)ほどかかることが一般的です。 確かに、大学病院の内科の診察を受けたのに(費用が足りなくて)診断が全くつきませんでした、とは言えないので、ICUに逃すことで診断にはたどり着けなかったけど患者さんは安定した状態で退院させてあげることはできます。 引き継ぎ 患者さんの引き継ぎは引き継ぎの書類によって行われます。SOAPの定型文に当てはめていくような形です。引き継ぎでは、患者さんの情報、SOAPに加え、飼い主さんとのコミュニケーション、病院内で施した治療の詳細、見積もり、内金、などの情報も引き継がれます。 翌日に担当することになる先生に全ての情報が伝わるように簡潔にまとめます。この作業が意外に酷で、学生がカルテにSOAPを記載したものを手直しするので、学生が終わらないとまず取り掛かれません。 この引き継ぎの書類は、記載漏れによって患者さんにきちんとした治療が施されない可能性が出てきてしまうので、私は結構時間をかけてしっかりと書くようにしていました。慣れないうちは、1枚のt引き継ぎの書類に1時間以上かかっていて、3-5頭ほど入院させることもあるのでシフトは深夜0時まででも、引き継ぎの書類が終わらず帰れないなんてことばかりでした。 最初はSOAPのAssessmentにも時間がかかっていましたが、1年半くらい経った今は、同じパターンのことが多いのでスラスラと思いつくようになりました。あとは学生の成長があると、後々自分も楽になるので、最初の段階でよくないSOAPだった場合は、こうやって書くんだよって教えるようにしています。 病院を出る前に、夜勤の先生に口頭で入院患者の引き継ぎをします。どんな症例で、夜間こんなことが起こりうるからその時はこうして。などの情報を伝えます。夜間は、基本的に患者さんを導入したERクリニシャンに患者さんの決定権があるので、もしも投薬が必要になったり、大きな変化があった場合は、夜勤の先生が担当医に連絡が行くことになります。 そして翌日、その患者さんは新しい先生へと引き継がれることになります。 まとめ ECC研修医のスィングシフトの1日をご紹介しました。 個人的にはスィングシフトは嫌いじゃなく、やれることが限られているのでいかに効率よく、できる限りのことを終えて次の先生に引き継げるかという勝負になってきます。ERは他の動物病院が閉まる時間帯(4-6時)に、一気に忙しくなることが多いので効率勝負です。 また、引き継ぎや転科の判断が難しいことが多く、コミュニケーション能力が問われる点になります。特にERでは、他の科との連携が重要なのでマッチングの際も、verbal communication(口頭のコミュニケーション)やwritten communicationというのは着目されるスキルになります。
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アメリカ獣医大学 インターンの1日②ナイトシフト
はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医を目指して、インターンをしています。 この記事では、アメリカ獣医大学 インターンの1日①に引き続き、ECCスペシャリティインターンのナイトシフトについてご紹介します。アメリカ大学のインターンがどの様なことをしているか、興味のある方が対象の記事になります。 ナイトシフトのメインの仕事 大学によって、ナイトシフトの責任は大きく異なります。私が所属する大学では、夜間獣医師はインターン一人になります。薬局、受付、ライセンスを持つ看護師さんもいなくなる時間があります。よって今の大学では、すべてのことを自分でできる必要があります。 メインの役割は、入院患者の管理と、夜間ERに来院した患者さんを導入することの二つです。 ICUのナイトシフトがある大学は、入院患者の管理とERを同時に行う必要はありません。その場合、入院患者はICUのドクターが、ERをERのドクターが担当することになります。 基本的に私の大学では、2-3人の学生と一緒に働くことになるので、学生への教育も役割の一環です。 到着後すぐにすること 私の大学では、オーバーナイトのシフトは夜の9時から朝の10時まで(13時間シフト)です。 夜9時に到着して、ERがバタバタしている場合は、外来を手伝います。もしも外来が落ち着いている場合は、入院患者さんを一通り見回します。どんな患者さんが入院しているかは、ケージのサインを見れば一目瞭然になっています。 ケースラウンドを行う前にこれをしておくことで、ケースラウンド中に適切な質問をすることができます。 ケースラウンド しつこい様ですが、大学によって、入院患者さんの管理も大きく異なります。私の大学では、夜間勤務の獣医師が入院患者に何かあったときに最初の判断を下しますが、最終的に判断をするのは常に担当獣医師になります。 例えば、内科の患者さんが急変した場合、緊急であれば夜間のインターンが何が起こっているのかを評価し緊急対応しますが、薬の投薬などが必要になる場合は担当医に何時でも電話することがルールになっています。 ケースラウンドでは、ヒストリー、診断、プロブレムリスト、治療内容、夜間のモニター内容、注意事項、プランが引き継がれます。また、夜にこの患者さんにXXXが起こったらYYYしてね、という指示を確認します。 例えば、発作のモニターがある患者さんであれば、発作が起こったらミダゾラムを、3回入れてもダメならCRIに切り替え、などです。 基本的にICUにいる患者全員を把握している必要があります。週の始まりは、全員知らない患者さんなので時間がかかります。日にちが経つにつれて、患者さんの状況をより深く理解できているので、引継ぎが楽になっていきます。 入院管理 処置に関しては、看護師さんや学生が中心になって行いますが、人手不足なので獣医師も手伝います。投薬やバイタルのモニターを効率よく行います。 神経科の患者さんでは、排尿管理だったり、尿量をモニターしている患者さんでは尿量を計算してカテーテルをきれいにして、など細かいことはたくさんありますが、患者さん一人一人想定外の異常がないかを確認していきます。 治療シートに「call parameter」というものが設定されています。例えば、血圧lt;90mmHg、などのパラメーターがあった場合、もしも引っ掛かった場合は担当のクリニシャンに伝えることになっています。 緊急の場合は担当医にすぐに電話して指示を仰ぎますが、電話をする前に、自分でしっかりと評価をしてから提案を含めるようにしています。実際にその場にいないとわからないこともあるので、プランをあらかじめ提案できるようにしてから電話をするようにしています。 上部気道閉塞の患者さんが夜間急変した時、すぐに挿管しないと死んでしまいそうな状況だったので、挿管が事後報告になったこともあります。 テレフォントリアージ・ERの診察 テレフォントリアージでは、夜間にかかってきた飼い主さんからの電話で、いますぐに来院するべきか、明日まで待てるか、見積もりは大体いくらくらいか、などをアドバイスします。ここで重要なのは、どんな症状を呈していたら、来院することを推奨するべきかというところです。 電話して獣医さんにモニターして大丈夫って言われたからしたら亡くなった、ということは避けたいところです。なので、必ず、最悪の自体を想定して、いますぐ来院するべきなのか、どんなサインがあったら来るべきか、などを伝えるようにしています。 ERに来る患者さんを診るのも大きな役割です。日によって件数は様々ですが、多くて5-6件くらいでしょうか。初めは、5-6件なんて大したことないと思っていましたが、受付も薬局も画像科も誰もいない中の5-6件は結構しんどいです。 カルテ作成、薬の処方、レントゲン検査、お会計、獣医の仕事らしくないことも全てを自分でします。1件に2-3時間費やすことは稀ではありません。 モーニングアクティビティ インターンやレジデントは、どのプログラムでもdidactics(勉強活動)があります。レジデントが専門医試験に向けて知識を集積する必要があるので、ジャーナルクラブやbook readingやセミナー、Mamp;M(Morbility and Mortility)といった朝活が、私の大学では毎日行われています。 プログラムによってはこれらの活動への力の入れ具合が異なります。私は2つの大学でこれらの活動に参加してきました。今の大学はすべての勉強会にファカルティが参加するので、評価されるという緊張感があり、みんな集中して取り組みますし、しっかりと準備してくるので、質が高いです。 また、プライベートの病院でも、ECCのレジデントやインターンのプログラムを持つところもありますが、基本的にはクリニックがメインで、ジャーナルクラブやブックリーディングを毎週行わない場合が多いそうです。アメリカ人の友人が、大学のプログラムに参加したかった理由(プライベートの大学ではなく)はこれらの勉強会がしっかりあるから、と言っていました。 今の大学では、朝の8-9時で朝のこの活動をして、9-10時にケースラウンドをしています。 ケースラウンド/シフト交代 ケースラウンドでは、ICUの患者さんが夜どうだったか、夜間に新しく入院した患者さんの引き継ぎをします。 私の大学では学生がケースプレゼンテーションを行います。私たちインターンやレジデントは、学生が漏らした部分や、詳細を付け加えるようにサポートをします。ICUには大抵10-15頭くらいの患者さんが入院しているので1時間くらいはかかります。 ケースラウンドのシステムも大学ごとに違います。人不足ということもあり、以前の大学では、ICU患者は夜間を通して全てが担当獣医師の責任でした。なので特に引き継ぎもなく、何か異常があれば担当の獣医師が夜中にでも駆けつける必要がありました。本当に緊急時は、夜勤をしているローテーティングインターンが一時的に安定化を行いますが、すべての判断は担当医が下します。 こうして、すべての患者さんの引き継ぎが終わると夜勤から開放されます。大抵、朝の10時半くらいに帰ってきて、少し何か食べて、寝るという具合に1日が終わります。 夜7時頃におきたらシャワーを浴びてまた出発。と言った形で1週間が過ぎます。体力的に、控えめに言ってもとてもしんどいです。この夜勤が、(インターンの数が毎年違うので、年によりますが)1年間に8週間、割り当てられます。 まとめ この記事では、私の大学での夜勤について紹介しました。正直なところ夜勤はシフトの中で一番しんどいです。なんと言っても13時間労働と非常に長いのです。その間、ICU患者の全てが任されているという責任感ものしかかるので8週間という期限があるからやっていけてるところが大きいです。その分、獣医師としての力の見せ所という面もあります。ICU患者さんの急変をいち早く気がつけたか。どんな対応ができたか。というパフォーマンスをケースラウンドを通じて示すことができます。それによって、ファカルティからの信頼を得ることもできると思います。
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【アメリカでペットと暮らす方へ】パグ、ブルドッグを飼われている方必見!短頭種気道症候群とは
この記事の内容 短頭種と長頭種の呼吸器の違い 短頭種気道症候群とは 気道を広げる予防的な手術について まとめ 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。これまでに短頭種のわんちゃんの呼吸器の病気をたくさんみてきました。この記事では、なぜ短頭種で呼吸器の病気が多いのか、そして緊急事態を防ぐためにできる予防的な手術について、イラストを使ってわかりやすく説明していきます。 [read_more id=#8221;1#8243; more=#8221;Read more#8221; less=#8221;Read less#8221;] 短頭種と長頭種の呼吸器の違い 鼻の穴が小さい 鼻から気管までの気道が狭い 気管が細い 簡単にいうと、外界からの空気が肺に到達するまでの道のり(気道)が狭い、ということです。鼻の穴、鼻から気管、気管と全ての通り道が他の犬種の犬よりも非常に狭いです。外から見えるのは鼻の穴の大きさだけですが、体の内部でも明らかな解剖学的な違いがあります。 この解剖学的な違いによって、他の犬種と比べて酸素を肺まで送り込むのが非常に不利になります。ここから、「短頭種気道症候群」と言われる短頭種に多い病気を解説していきます。 短頭種気道症候群とは 短頭種気道症候群とは、短頭種に多い、4つの気道の病気の総称です。 鼻の穴が小さい =外鼻孔狭窄 軟口蓋が長くて太い =軟口蓋過長(軟口蓋については後述) 喉頭小嚢の反転 =喉頭小嚢が反転して裏から表に出てくる(喉頭小嚢については後述) 気管が細い =気管低形成 ここから図を使って説明して行きます。 鼻の穴が小さい =外鼻孔狭窄 短頭種のわんちゃんの鼻の穴をよく見ると、鼻の穴という穴がほとんどない子がいます。正常に空気を気管に送り込むには、コンマ状の鼻の穴である必要があります。多くの短頭種のわんちゃんはコンマではなく線状の鼻の穴をしています。 鼻の穴は空気が最初に通過する入り口になります。この最初の入り口が塞がっていることで、多くの短頭種のわんちゃんは常に努力して呼吸をすることになります。この記事を読んでいる方も試しに鼻の穴を半分塞いで鼻から呼吸してみてください。私もやりましたが、非常に苦しいですね。 軟口蓋が長くて太い =軟口蓋過長 口蓋とは、鼻と口を仕切る間の組織のことです。(イラスト参照)舌で喉の方までたどってみると、奥の方は柔らかい組織に変わることがわかると思います。硬い部分を硬口蓋、柔らかい部分から先を軟口蓋と呼びます。 短頭種のわんちゃんは、この軟口蓋が長くて太い傾向にあります。気道の通り道には被らないのが普通ですが、軟口蓋が伸びていると気管の入り口である喉頭と呼ばれる部分を塞いでしまいます。 喉頭小嚢の反転 =喉頭小嚢が反転して裏から表に出てくる 喉頭小嚢とは、喉頭の裏側にある膜状の小さな袋ですが、本来は裏側に位置しているので表に出てくることはありません。短頭種の多くのわんちゃんは、努力呼吸といって、激しく息を吸っています。この慢性的な努力呼吸によって、喉頭小嚢と言われる部分が表に出てきてしまい、喉頭を塞ぎます。 気管が細い =気管低形成 気管低形成とは、気管が正常な太さに成長しないということです。気管まで到達した空気が肺に到達するまでに、さらに細い管を通ることになります。 気道を拡げる予防的な手術について ここまでで、空気の通り道が狭くなる4つの病態を説明してきました。短頭種であるというだけで、生涯、呼吸が苦しく、上部気道閉塞で亡くなってしまうリスクがあるということです。 この気道の狭さを改善し、生活の質を向上させるための予防的な手術があります。 まずは短頭種気道症候群の4つのうちどれが当てはまっているかを検討する必要があります。1つだけの場合もあれば、全て当てはまっている場合もあります。最後の気管低形成については改善方法はありませんが、残りの3つに関しては予防的な手術によって、気道を拡げてあげることができます。 手術の詳しい内容に関してはこちらの記事をご参照ください。 この手術は、なるべく早いうち(避妊手術や去勢手術と同時)にしてあげることをお勧めします。理由の一つは、苦しい期間を短くしてあげられるという点。もう一つは、上部気道が閉塞されていることで起こる合併症(胃腸運動障害)を予防できる可能性があるからです。 私は、日本で獣医師として働いている時、避妊去勢の相談でこられた短頭種の飼い主さんには必ずこの手術を推奨していました。手術をした後、再診でこられた際の飼い主さん方の満足度がすごく大きかったことを今でも覚えています。 手術のタイミングは、早すぎると成長途中の場合があり、手術後に成長してしまう場合もあるので、かかりつけの獣医さんとタイミングを相談することをお勧めします。 まとめ 短頭種のわんちゃんは気道が狭い 短頭種気道症候群とは、鼻から肺までの空気の通り道が塞がる4つの病気の総称 短頭種気道症候群の予防的手術が推奨される…
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【今更でもいいからとにかく学ぶ】誤食のアプローチ後編・催吐後
この記事の内容 前編・問診から催吐処置まで 催吐処置までの流れ 何を問診するか リサーチ 患者さんが来たときのABC 吐かせる?胃洗浄? 後編・催吐後 診断・治療の流れ 血液検査する?しない? 入院させる?させない? 特異的な治療 再診? まとめ 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。この記事では、誤食を主訴に来院した患者さんに対するアプローチを解説していきます。 様々な中毒物質があり、誤食物によって治療方法は異なります。この記事では、中毒患者への基本的なアプローチ方法を説明していきます。 前編では、時間との勝負となる、催吐までの流れを説明しました。後編では、診断と治療のプランニングについて説明していきます。 [read_more id=#8221;1#8243; more=#8221;Read more#8221; less=#8221;Read less#8221;] 診断/治療の流れ 中毒患者の治療の基本はモニタリングと、対症療法になります。 モニタリングの目的は、中毒物質による臓器障害の早期発見です。例えば、ブドウ中毒では腎不全によってBUNが上昇し出すのは誤食後24時間といわれています。乏尿、無尿といった臨床症状が現れるのは2-3日後です。この症状が出てからでは患者さんを助けることはできません。これらを血液検査で早期発見し、最善を尽くすことがモニタリングの目的です。 対症療法とは、症状に応じた治療を施すと言うことです。例えば、低血糖が出たらデキストロースを投与する、発作がおこったら抗てんかん薬を投与する、という起こった事象に対処する治療を指します。 また、中毒物質を体内からできるだけ希釈する/取り除くことも重要です。点滴によって希釈を行い、チャコールや脂肪製剤(リピッド)によって、中毒物質を吸着させます。(物質によって効果が異なるので注意が必要) 中毒物質によっては、特異的な治療や予防が功を奏することがあります。例えば、エチレングリコール中毒では、エタノールやフォメピゾールといったエチレングリコールの解毒剤が有用です。また、チョコレートの誤食では、チャコールの投与が効果的ですし、肝臓障害が起こる可能性がある場合は肝臓保護を予防的に行います。 中毒の教科書などを参考にして中毒物質に合わせた治療を施すことが重要です。中毒のおすすめ教科書(英語)は前編をご参照ください。 血液検査する?しない? 体に有害なものを誤食した場合、CBC, 生化学, 尿検査は必須です。時間的に臓器に影響が出ていない場合でも、ベースラインを知ることが非常に重要になるからです。 ベースラインとは、患者さんにとっての普通の血液検査の結果を知る、ということです。 例えば、元々肝疾患によって肝臓の酵素が高い患者さんが、肝毒性のある毒物を誤食したとします。ベースラインをとらずに、翌日調子が悪くなってから初めて血液検査をしてみて、肝数値が大きく上昇していたらどうでしょうか。 もともと肝疾患があったのか、毒物によって肝障害受けた影響なのか、判断がつけられません。こんなことを避けるためにも、その患者さんにとっての正常を把握する必要があります。 入院させる?させない? 全ての誤食症例を入院させる必要はありません。 判断基準としては、 IV輸液が必要かどうか:腎排泄か 頻繁なモニターが必要になるものを誤食したか:低血糖、神経障害を引き起こすか 致死量に近い量の誤食をしたか が判断のキーになります。例えば、ブドウの誤食の場合、1粒でも腎障害が出る場合もあれば、たくさん誤食しても問題が起こらないことがあります。腎障害が起こってしまった場合、致死的な結果になり得ます。このような場合、recommendationとして、2-3日の点滴入院、血液検査のモニターを飼い主さんには提示します。 当然、2-3日の入院管理は費用が安くはありません。全ての飼い主さんが許容できるものではありません。アメリカでは特に、治療費は日本の2-3倍以上するので、2-3日の点滴入院でも15-20万円の見積もりになります。 この選択肢を提示せずに外来患者として扱い、3日後に無尿の状態で再診にこられたらどうでしょう。飼い主さん側からしたら、「大丈夫でしょうといわれたのに」という気持ちになるかと思います。 なので、患者さんが死に至るほどのリスクがある場合、飼い主さんの経済状況を把握していたとしても、必ずリスクを説明し医療的に正当なプランを最初に提示します。もしも飼い主さんがこの選択肢を許容できなかった場合、代替案を提案します。ブドウ中毒の例でいえば、皮下点滴をして翌日再診といったプランが提案できます。 また、頻繁なモニターに関する例としては、キシリトール中毒やマイコトキシンなどの中毒が挙げられます。キシリトール中毒では、低血糖が致死的になる場合があります。マイコトキシンによる筋肉の痙攣では、体温上昇によって熱中症が起こることがあります。 このように、頻繁にモニターを行わなければならないような場合も、入院管理が推奨されます。 モニター どんなモニター項目が必要か、プランニングしましょう。中毒物質はどんな症状を引き起こすか、と言ったリサーチを元に計画を立てていきます。 多くの中毒物質が、上記の項目を障害する可能性があります。物質による特有のモニター項目がないかもしっかりチェックしましょう。 特異的な治療 点滴 毒物を薄める希釈効果…
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【今更でもいいからとにかく学ぶ】誤食のアプローチ前編・問診から催吐処置まで
この記事の内容 前編・問診から催吐処置まで 催吐処置までの流れ 何を問診するか リサーチ 患者さんが来たときのABC 吐かせる?胃洗浄? 後編・催吐後 血液検査する?しない? 診断・治療の流れ 入院させる?させない? 特異的な治療 再診? まとめ 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。この記事では、誤食を主訴に来院した患者さんに対するアプローチを解説していきます。 様々な中毒物質があり、誤食物によって治療方法は異なります。この記事では、中毒患者への基本的なアプローチ方法を説明していきます。 [read_more id=#8221;1#8243; more=#8221;Read more#8221; less=#8221;Read less#8221;] 催吐処置までの流れ まずは情報をしっかり整理しましょう。すべては情報収集から始まります。 情報収集の後に患者さんの状態を確認します。いますぐに治療介入が必要な危険な状態なのか、催吐処置をするべきなのか、もしくは催吐をするべきではないのかと判断します。 催吐が必要/安全に催吐が可能だと判断された場合は速やかに飼い主さんに催吐のリスクを伝えた上で処置に進みます。 そしてプランニングに移ります。今回の記事「前編」では、プランニングの前までを説明していきます。 何を問診するべきか 患者さんに関する情報 まずは患者さんの情報を整理しましょう。最低、上記の項目は把握しましょう。 なぜこれらの情報収集が重要なのかを上から解説していきます。 シグナルメント シグナルメントとは、年齢、性別、犬種/猫種のことです。なぜ重要かというと、若齢の患者さん、ボーダーコリーなどのMDR遺伝子の変異のある可能性の犬種の場合、毒物への感受性が異なるためです。 同居犬 多頭飼いで、一頭が何らかの症状を示して、飼い主さんが病院から帰ったら他の犬も同様の症状が出ていた、といった話をよく耳にします。必ず、同居犬がいるか、中毒物質に暴露された可能性があるかを確認するようにしてください。 室内飼い/屋外飼い 自由に外に行ける環境がある場合、より様々な可能性を考慮しなくてはいけなくなります。庭のコンポストや植物、マッシュルームの誤食など、中毒物質を探しあてるのがより難しくなります。 基礎疾患/投薬歴 元々、肝不全、腎不全を患っている場合、健康な犬猫に比べ、中毒症状がより重度に、長期にわたる可能性があります。 また、もともとステロイドを投薬しているペットが、NSAIDの誤食をしたらどうでしょうか。腸穿孔などのリスクは高くなります。 これらの情報をしっかりと把握することが非常に重要になります。 ヒストリーに関する質問 いつ食べた? 何を食べた? どのくらいの量食べた? 症状は? いつ食べた? 薬が体内で代謝されるまでにどれくらいの時間がかかるでしょうか?いつまでモニターする必要があるでしょうか? 薬物が定常状態に戻るまでには、半減期の4-5倍の時間かかるといわれています。例えば半減期が6時間の薬を誤食した場合、完全に代謝されるまでに24-30時間かかるということになります。 ここで注意が必要なのは、半減期はあくまで薬を推奨用量使用した時の期間です。よって、この薬を大量に誤飲した場合、24-30時間後に完全に代謝されているとは限らず、「24-30時間以上はかかる」と考える方が適切です。 何を食べた? 同じチョコレートでも、ミルクチョコレートなのかダークチョコレートなのか、カカオがどのくらい入っているのか。同じガムでもキシリトールがどのくらい含有されているガムなのか。殺鼠剤でも、第何世代のものなのか。 これらの違いが治療プランを建てるのに非常に重要になります。成分をできるだけ詳しく聞き出しましょう。食べ物であれば、オーナーさんに成分表の載ったパッケージを持参してもらうことが大きな助けとなります。 どのくらい食べた? 食べた量も重要です。チョコレートチップの入ったパン一口食べたのか、板チョコ一枚食べたのか、では話が変わってきます。どのくらい食べたかもしっかり明確にしましょう。…
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【アメリカでペットと暮らす方へ】大型犬に多い⁉︎喉頭麻痺とその外科手術「タイバック」とは⁉︎
この記事の内容 喉頭麻痺についてイラストで解説 なぜ喉頭麻痺が起こるのか 喉頭麻痺の診断方法 喉頭麻痺の手術「タイバック」とは 術後の合併症 喉頭麻痺のエマージェンシー まとめ [read_more id=#8221;1#8243; more=#8221;Read more#8221; less=#8221;Read less#8221;] 喉頭麻痺についてイラストで解説 喉頭とは、軟骨で形成された気管の入り口のことです。通常、息を吸っているときには入り口は開き、吐いているときには閉まり、空気の自動ドアのような機能を果たします。 喉頭麻痺とは、この自動ドアが壊れ、息を吸っているのに扉が動かなくなる病気です。そうすると、肺へ通じる空気の通り道が狭くなり、うまく酸素を肺に届けられなくなります。 少しでも隙間が空いていれば、呼吸はすることができますが、興奮や炎症によって、喉が腫れたりすると気道がさらに狭くなり、ゼーゼーと音を鳴らしながら呼吸をしたり、呼吸ができなくなり舌の色が青になる、といった症状がでます。 なぜ喉頭麻痺が起こるのか 喉頭麻痺の原因 原因不明な場合(特発性) 多発性筋炎 重症筋無力症など筋肉の異常 神経の異常 腫瘍 外傷 原因は様々なので、喉頭麻痺が診断された場合は、これらの基礎疾患がないか、ということを調べる必要があります。多くの場合は、原因不明の特発性。もしくは多発性筋炎といった様々な部位の筋肉の炎症が原因であることが多いです。 原因疾患を放置すると、喉頭麻痺以外の症状が悪化することがあります。原因疾患を診断するのは難しいこともありますが、重篤な病気の早期発見に繋がる可能性もあるので、さらなる検査に関してはかかりつけの獣医さんとよくご相談ください。 喉頭麻痺の診断方法 喉頭麻痺の診断は、臨床症状と喉頭の目視によって行われます。 臨床症状は、上部気道閉塞による呼吸様式の変化です。ゼーゼーと喘鳴音を出しながら呼吸をする、息を吐く時間に対して吸っている時間が長くなるような呼吸努力がある、運動するとすぐに疲れる、運動しなくなる、舌の色が青や紫に変化する、などが挙げられます。 喉頭の目視、というのは、鎮静をかけた状態で口を大きく開けて、喉頭を観察します。喉頭が麻痺している場合、息を息を吸っているのに喉の 喉頭麻痺の手術「タイバック」とは 日本語の正式名称は、披裂軟骨側方化術といいますが、簡単なのでタイバックと呼ばれることが多いです。この手術は、日本語の通り、喉頭を形成する披裂軟骨 披裂軟骨を側方(外側)に引っ張る力を加える糸をかけることで空気の通り道を拡げてあげるといった手術になります。 以下に図で解説していきます。 タイバックとは、喉頭を形成する軟骨に糸をかけ、外側に引っ張る力を加えることで気管の入り口を常に開いた状態にする手術です。上図のように、赤い部分に太い糸をかけます。 口の方から喉頭をのぞいてみると、上の図のようになります。左半分はほとんど閉まった状態で麻痺しています。右側は糸の張力により、喉頭の入り口が開いた状態で固定されています。結果的に、空気の入り口を常に開いた状態にすることができます。 術後の合併症 誤嚥性肺炎 糸が切れる 常に気管の入り口が半分開いている状態になるので、重篤な合併症としては誤嚥性肺炎があります。本来、ご飯を飲み込むときには喉頭は閉まり、食べ物が気管に入らないような仕組みになっています。これを常に開いた状態にすることで、食べ物、飲み物、嘔吐物などが気管に入り肺まで到達し、肺炎が生じてしまうといった合併症が出る可能性があります。 食べるスピードをコントロールすることなどが予防法として挙げられますが、100%防ぐことはできません。 もしもペットの呼吸が速くなった(安静時の呼吸数が1分間に40回以上)と感じた場合は、すぐにかかりつけ動物病院に連絡してください。 また、かけた糸が切れてしまう、という合併症もあります。これによって新たな症状が出ることは稀ですが、手術をする前の状態に戻ることになるので、喉頭麻痺の症状が悪化することになります。 喉頭麻痺のエマージェンシー 犬座姿勢 (前肢を拡げて首を伸ばす) 呼吸努力、興奮 舌の色の変化(青、紫) 意識状態の低下 熱が出る 喉頭麻痺の患者さんのもっとも危険な状態とは、上部気道閉塞です。初めの方にもご紹介しましたが、興奮などで喉に炎症が起こることによって、空気の気管までの通り道が狭くなります。酸素が足りなくて患者さんはさらに激しく空気を吸おうとして呼吸数が上がります。空気の摩擦によって、喉頭の腫れが悪化し、悪循環が生じます。 呼吸に一生懸命な患者さんは、苦しいので首を伸ばします。座ることができない、もしくは立つことができなくなることもあります。 酸素が体内に足りなくなると、舌の色が青や紫に変わります。…
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酸素解離曲線とは?酸素が肺胞から細胞に運搬されるまで
はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で、救急集中治療の専門医になるためのレジデントをしています。 この記事では、酸素運搬、組織への酸素供給を理解する時に欠かせない概念である酸素解離曲線について解説します。実際の臨床現場では、理解していなくても患者さんを救うことはできるような内容ですが、バックグラウンドを理解することで、より論理的に治療法を選択することができるようになります。 PaO2とSaO2の意味をおさらい 低酸素血症が悪化した結果、組織に酸素を十分に送れなくなり、代償性に息切れや運動不耐といった症状が出ます。では、低酸素血症とはどういった状態でしょうか?簡単にいうと、「血液中の酸素濃度が低くなった時」ですね。 低酸素血症の定義 血液中の酸素量 動脈酸素分圧(PaO2) PaO2が示すものとは、動脈血中(血漿中)にどれだけの圧の酸素が含まれているかです。 酸素飽和度 (SaO2) 一方、酸素飽和度(SaO2)とはヘモグロビンに酸素がどれだけ結合しているかを示す%です。SaO2が50%であれば、50%のヘモグロビンが酸素と結合しているという意味になります 血漿中の酸素分圧によって、何%のヘモグロビンが酸素と結合できるかが異なります。ここで、「じゃあどのくらいの酸素分圧だったら何%の酸素がヘモグロビンと結合できるの?」という疑問が生まれてきます。 それを示した図が酸素ヘモグロビン解離曲線になります。 酸素ヘモグロビン解離曲線はPaO2とSaO2の関係を表す 酸素ヘモグロビン解離曲線とは、血液中の酸素分圧(PaO2)とヘ酸素と結合するヘモグロビンの割合(SaO2)の関係を表すグラフです。X軸にPaO2、Y軸にSaO2がきます。簡単にいうと、酸素分圧がxのときにヘモグロビンはどれくらい酸素と結合できるかを表しています。 私はこの概念がしっくりくるまでには時間がかかりました。 このグラフの意味が理解できるように、肺から組織への酸素運搬を、ヘモグロビンと酸素の結合に焦点を当てて解説していきます。 酸素が肺から組織に供給されるまで 空気中から気管、気管支を通って肺胞に到達した酸素がどのようにして血液中、そして組織へと運搬されるかを見ていきましょう。 肺胞内の酸素の量 息を吸って、肺胞に入った空気中には約20%の酸素が含まれています。つまり、FiO2=21%です。 吸気酸素濃度(FiO2:fraction of inspiratory oxygen)とは、吸った空気の何%を酸素を占めるかを表しています。 そして、FiO2から肺胞内酸素分圧(PAO2)に換算する場合、5×FiO2という簡略された式が用いられます。FiO2=21%の時のPAO2=105 mmHgということになります。 分圧とは、混合気体中に含まれる、ある一つの分子の圧力のことです。空気は、窒素、酸素、二酸化炭素からなる混合気体です。その中で酸素がどのくらいの圧力を持っているかを酸素分圧といいます。単位はmmHgです。 肺血管内 #8211;> 動脈血の酸素運搬 肺胞内の酸素は、肺胞の毛細血管内の血液中に拡散されます。拡散とは、肺胞上皮細胞、間質、肺の毛細血管の薄い壁を介して、酸素分圧が高い方から低い方に移動し、均等の分圧になろうとすることです。 正常な肺であれば、肺胞内の酸素分圧と、動脈血の酸素分圧はほぼ等しくなります。 拡散障害とは 肺水腫や肺炎などの、肺胞と毛細血管の間に浮腫や炎症細胞の浸潤によって肺胞内の空気と肺毛細血管が物理的に遠くなることで、酸素の拡散障害が生じます。 例えば、PAO2(肺胞中の酸素分圧)が103mmHgにもかかわらず、PaO2(動脈酸素分圧)が60mmHgだった場合、肺での拡散障害が推測されます。 肺胞内の酸素分圧と毛細血管の酸素分圧の差(PAO2-PaO2)を、A-a gradient (A-a勾配)といいます。この差が大きいほど、肺機能が低下していることが疑われます。 肺胞毛細血管 #8211;> 血漿中/ヘモグロビン いよいよ、血液中に分布する酸素について、酸素ヘモグロビン解離曲線を用いて解説していきます。 肺胞で酸素を受け取った動脈血の酸素分圧が100mmHgの時、ヘモグロビンがどれほど酸素と結合しているかを知るには、酸素ヘモグロビン解離曲線を用います。 酸素ヘモグロビン解離曲線を見ると、PaO2が100 mmHgのとき、SaO2は100%に極めて近いことがわかります。 つまり、肺胞を通過した血液のヘモグロビンはほぼ100%が酸素と結合している状態になります。言い換えると、ヘモグロビンが酸素とガッチリ結合して離しにくい状態ということです。肺胞や動脈中で酸素を手放してしまっては、組織へ運搬できないので、理にかなっていますね。 全身の毛細血管 心臓のポンプによって全身へ送り出された動脈血は、毛細血管を介してそれぞれの臓器、組織に到達します。 もう一度酸素ヘモグロビン解離曲線を見てみると、毛細血管内において酸素分圧が40mmgのとき、ヘモグロビンの酸素結合率は75%である事がわかります。 毛細血管内は、酸素分圧が低く、ヘモグロビンが酸素分子を手離しやすい状態です。つまり、動脈血中は95%のヘモグロビンが酸素と結合していましたが、毛細血管内では95-75%=20%のヘモグロビンが酸素を手放したということがわかります。 「SaO2が低くなる=ヘモグロビンが酸素を手放しやすくなる」 つまり、「ヘモグロビンが酸素を供給しやすい状態」なのです。 抹消組織での酸素運搬…
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犬の気管虚脱 安定化とその後/わかれば怖くない呼吸器疾患
はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。 この記事では、犬の気管虚脱の病態、そして安定化とその後について解説します。呼吸器疾患の救急症例の診察は、常に生死に関わる、緊張感の走るものとなります。この記事をしっかり理解して要所を押さえれば緊急疾患の診察も怖くない事をお伝えします。 呼吸器疾患患者さんの診察に役立つ情報が盛り込まれた、こちらの記事(①-④まであります)も併せてご覧ください。 気管虚脱とは 気管虚脱とは、その名の通り気管が虚脱することです。空気の通り道を確保するために、気管は喉頭から気管支を繋ぐパイプの役割をしています。そのパイプがなんらかの原因で潰れてしまい、空気が気管支まで送られにくくなる状態を気管虚脱と言います。 「百聞は一見にしかず」なので、まずは気管虚脱の症例の咳や呼吸をYouTubeで見てみましょう。 どれだけ気管がへしゃげているかでグレーディングされることがあります。以下の動画で実際にへしゃげた気管を中から見ることができます。 一度弾力を失った気管は、気管の性質が元に戻ることはありません。 気管虚脱患者さんの緊急事態とは エマージェンシーとして、気管虚脱の患者さんが来院した時の想像をしてみましょう。 この疾患は慢性的に徐々に進行する疾患です。では、どんな状況で救急として駆け込んでくるのでしょうか。 この様な状況では、上の動画の様に、患者さんも飼い主さんも落ち着いてはいられないはずですね、おそらく、呼吸数の増加(もしくは呼吸筋疲労により低下)、吸気努力、ガチョウの様な大きな呼吸音、低酸素によるチアノーゼ、体温の上昇が認められるはずです。 気管虚脱を疑う症例が緊急来院 この様な状況では、じっくりと鑑別リストを立てて、レントゲンをとって、としていられません。まずは患者さんが死んでしまわない様に、安定化に努めます。 どう安定化のプランを立てるかは、まずは気管虚脱である予測をつけなければいけません。もしも予測が見当違いであった場合、 #8220;小型犬で心雑音が聞こえたから、フロセミどを投与して酸素室に入れて効果が出るのを待った#8221; という事が起こりかねません。普段からレントゲンに頼りきらず、視診や聴診で最大限の情報を得られる様になる事が重要です。 安定化 緊急症例をみるときに重要なことは、患者さんが急変して死んでしまうとしたらどんなシナリオが考えられるか、をイメージすることです。そのシナリオに備える事が、何よりも最優先事項になります。 気管虚脱の患者さんが急変して、死んでしまうとしたらどの様な状況があるでしょうか。 これらの事態はすでに起こっている可能性が高いです。そして、これら全てを助長するのが興奮です。まずは患者さんの呼吸を落ち着かせるために安全に用いられる鎮静剤(ブトルファノールなど)を使用し、酸素供給を行います。 アセプロマジンは低血圧の患者さんには禁忌です。患者さんに併せた鎮静剤の選択が重要です。気管挿管の準備をした上で、プロポフォールをゆっくりタイトレートすることも効果的です。 上部気道の炎症を引かせるために、抗炎症量のステロイド静脈注射も使用可能です。副作用には注意が必要です。 気管挿管が直ちに必要な状況 気管挿管が必要になるのは、患者さんが限界を迎えている状態で、気道を確保しないと死んでしまう可能性が高い場合です。 瞬時の遅れが患者さんの命を左右します。一刻も早く、呼吸困難及び気道閉塞の悪循環を断ち切るために気管挿管を躊躇してはいけません。 ①低酸素 低酸素に対しては酸素供給をします。酸素供給には様々な方法があります。フローバイによって酸素化が改善される場合はいいですが、それで酸素化が改善されない場合は、より侵襲的な酸素供給を行う必要があります。 酸素化についてはこちらの記事を併せてご覧ください。 ②低換気 ②に対しては、①同様、酸素投与によって緩和することもできますが、重度の場合は気管挿管が必要になります。自発呼吸がある場合は、気道を確保するだけでも換気が改善する可能性もありますが、高炭酸血症が重度の場合は、換気補助が必要になることもあります。 ③呼吸筋の疲労 呼吸筋の疲労がある場合は、呼吸筋が回復するまで、気管挿管に加え人工換気が必要になります。気管チューブを長く設置するほど、上部気道の浮腫が悪化するため、呼吸筋が回復次第なるべく早く抜管をします。 ④熱中症 気道閉塞によって、熱が蒸散されないことから、熱中症が起こることがあります。来院した患者さんの体温を測定し、必要に応じて冷却します。 また、熱中症の合併症として、凝固機能異常や、臓器不全が起こる可能性があります。安定後も全身状態をしっかりとモニターします。 安定化の後 気管挿管されていた場合、抜管して患者さんが安定していることを確認します。気管虚脱の診断及び、治療プランを立てます。他の疾患が合併して、気道閉塞が悪化していないかを確認する必要があります。 例えば、軟口蓋過長症が合併している場合、軟口蓋を短縮する手術をすることで、生活の質が保たれる可能性があります。 気管虚脱は基本的には内科治療です。飼い主さんは、内科治療で気管がよくなることはない、と理解しておく必要があります。最後の手段として外科が選択されることもあります。 すぐに外科に飛びつくのではなく、内科治療でできることはないかを最大限考慮した上で、専門医と相談の上適応を確認します。 気管虚脱の内科治療 いかなる気管の圧迫(首回りの脂肪含め)も咳の原因になります。咳によって気管に炎症が起こることでさらに、胸腔内の陰圧が悪化し、咳が助長される、という悪循環に陥ります。よって、咳の悪循環を断つことが内科治療のゴールとなります。 気管虚脱の外科治療 内科治療に反応しない場合、気管ステントが適応になります。しかし、全ての気管虚脱の患者さんが気管ステントの適応になるとは限りません。例えば、重度な慢性気管支炎を合併している場合は不適応となります。 この手術は侵襲性が高く、一度設置したら取り出せないため、最後の手段として行われる手術です。外科療法は、内科治療を全て試したけれども効果がない、生活の質が向上しない場合に選択される治療法になります。 まとめ この記事では、気管虚脱の病態及び、緊急時の安定化についてご紹介しました。安定化に関しては、気管虚脱だと気が付く事ができるか。そして安定化後では、気管虚脱以外の病態を除外する事が重要になります。 そして、この様な緊急症例は、看護師さんとの連携が欠かせません。看護師さん様の記事も併せてご覧ください。
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【今更でもいいからとにかく学ぶ】犬の跛行について⑤鑑別診断・膝関節編
この記事の内容 鑑別診断を挙げる重要性 膝関節の病気 炎症性の疾患 膝関節靭帯の疾患 関節疾患の鑑別に常につきまとう疾患 まとめ 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。 自分が知らないものに対処している時、私たちは自信を持つことができません。自信がないまま診察をするのは非常にストレスフルです。一方、患者さんの身体について知り尽くしている場合、自信に溢れ、診察が楽しくなります。 この記事では、整形分野に苦手意識のある先生に、知り尽くすとまでは言わなくても、ここまでの情報が集められたら大丈夫!というポイントをお伝えしていきたいと思います。 [read_more id=#8221;1#8243; more=#8221;Read more#8221; less=#8221;Read less#8221;] 鑑別診断を挙げる重要性 鑑別診断は、アメリカでは非常に重視されます。いい臨床医は、鑑別診断リストをいい精度で作れる獣医師だといっていた先生もいます。 実際には、鑑別診断をしっかり挙げなくても、「多分この病気だろう。」といって治療を始め、うまくいくことが多いです。しかし、「経過がいつもと少し違う。なんか変だ。」という状況が起こったとしましょう。例えば、前十字靭帯の断裂による跛行だと思っていたが、治療をしていくうちに一般状態も悪くなって、、、。といったケースを想定してみます。 こんな時、鑑別リストを作らず、「とりあえず痛み止めで様子見てみましょう。」という治療をしていた場合、状況の把握が遅れるばかりでなく、飼い主さんにも説明がつきません。 一方、最初の段階で鑑別リストをしっかり作り、「A, B, Cという病気の可能性があります。Aの可能性が高いですが、B, Cの可能性は血液検査やレントゲンを取らないと除外できません。今は全身状態も良好なので、痛み止めと安静から始めてみましょう。検査を急ぐ必要はないですが、調子が悪くなったらこれらの検査が必要になります。」という説明ができていたとしたらどうでしょうか。 おそらく飼い主さんの心の準備もできていて、調子が悪くなったら、再診まで待たずに早期に連れてきてくれる可能性があります。そして、検査にスムーズに進むことができ、「初めの段階で見逃していたんですか?!」なんていうストレスフルな会話に発展せずにすみます。 よって、最初の段階でしっかりと鑑別リストを作り、それを除外するための検査を考えておくことが重要になります。さらに、飼い主さんへのインフォームもしっかりできることになるので、獣医師への信頼度も保たれます。 膝関節の病気 今までで集めた情報を全て使って、可能性の高いものから順番に鑑別診断を挙げていきます。 おさらいですが、問診で得られる重要な情報として以下が含まれます。 シグナルメント(成長期vs成犬、小型犬vs大型犬) 急性 vs 慢性 悪化傾向 vs 悪化なし さてここで、視診、触診によって、膝関節が原因で跛行していることがわかりました。 ようやく、ここから、膝関節の鑑別疾患を挙げていきましょう。鑑別診断を考える時、膝関節はどんな組織で構成されているかを考えます。膝関節は、軟骨、関節液、膝蓋靭帯、前十字靭帯、で構成されています。これらの組織が侵される病気を考えていきましょう。 炎症性の疾患 まずは炎症性の疾患が挙げられます。なぜ関節に炎症が生じるのでしょうか。病態としては、大きく3つに分けられます。また、ここには挙げていませんが、常に腫瘍は鑑別診断に入ってくるので注意が必要です。 感染性 免疫介在性 変性性 例えば、感染性の関節炎だった場合、跛行以外の症状として生じうる臨床症状はなんでしょうか。発熱、元気の消失、食欲低下などが起こり得ます。 それでは、免疫介在性だった場合はどうでしょうか。感染性と同様に、発熱や元気消失などの一般状態の変化が現れることが予測できます。 最後に、変性性の場合はこれらの全身症状を示すでしょうか。別の疾患が合併していない限り、全身症状を示すことは稀になります。 この時点で、問診や身体検査をしっかり行っていれば、これら3つの鑑別診断の順位は自ずと見えてくるはずです。一般状態の悪化を伴うのであれば、上位1, 2には感染性/免疫介在性がきて、変性性は最後になります。逆に跛行以外の症状が一切ない場合は順位は逆になります。 次のステップとして、感染性と免疫介在性を区別するにはどんな追加の検査が必要か考えていきます。 全身的な炎症性の変化を調べるには、CBCおよびCRPが有用です。もしも炎症が重度であれば、白血球数や左方移動、CRPの増加が予測されます。一般状態の悪化を伴う場合、各臓器の評価および疼痛管理のプランニングのために生化学検査が有用です。 そして、膝関節に腫瘍や重度のDJDなどがないかを調べるために、膝関節のレントゲンを取ります。最後に、決定的な診断の助けになるのは関節穿刺と関節液の分析です。 これらの検査を今すぐにするか、とりあえず疼痛管理で様子を見るか、という方向づけは患者さんの全体像を見て判断します。患者さんの具合が悪い場合は、すぐに検査に進むことを推奨するべきです。 膝関節靭帯の病気 王道の病気は以下になります。 膝蓋骨脱臼…