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アメリカで働く

アメリカ獣医大学病院の働く環境を比べてみる

はじめに

著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務し、2022年現在、アメリカの獣医大学で救急集中治療(ECC)の専門医を目指してレジデントをしています。

この記事は、以前の研修医プログラムをどう比較するか、に引き続き、大学病院をどう比較するか、という点にフォーカスを当てた内容になります。マッチングやアメリカの獣医大学へビジティングを検討している先生が対象の記事となります。

アメリカ獣医大学の研修医プログラムを比較するためのモノサシ はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になる...

大学病院の違い

私はアメリカに来てから3つの大学で働く経験をしました。毎回、新しい環境に慣れるまでには、時間とストレスがかかります。というのも、各大学で大学のシステムが全く異なるからです。

この記事では、大学のシステムの違いにフォーカスを当ててお話ししていきます。コアな内容にはなりますが、実際に働くことをイメージしながら読んでもらえたら嬉しいです。

電子カルテと紙カルテの違いについて

私が働いた大学では、以下のカルテを経験しました。

1校目: 電子カルテ(Vet View)

2校目: 紙カルテ

3校目: 電子カルテ(Corner Stone)

電子カルテの性能や使い勝手はメーカーによって大きく異なります。レントゲンシステムと連携しているか、精算システムと連動しているか、血液検査の結果などが電子カルテで読み込めるかなど大きな違いがあり、好みにもよりますが、私個人としては、この3つの経験の中でVet Viewが最も使いやすいシステムだったと思います。

https://www.vetview.org/

患者情報、お会計、レントゲンなどのリクエスト、血液検査などの各種検査結果、discharge summaryなど診療の上で必要な情報全てがVet Viewを介して管理されてるからです。

違う管理ソフトを開いて調べて、とか、こっちの検査は紙で確認してといった作業をする必要がないのは、情報共有のしやすさや、作業効率を考えると格段に良かったです。

2校目では、今だに紙カルテを使用しているアメリカの大学病院があるのか。と正直驚きました。紙カルテのデメリットは、研究およびリモートワークがしにくいということです。InternshipやResidencyの間に、回顧的研究を行う機会などが多くありますが、紙カルテでデータを集めるとなると非常に手間がかかります。

カルテの違いで大学を選ぶことはないかもしれませんが、大学のテクノロジーがアップデートされているかをみる指標となるかもしれません。

3校目のCorner Stoneは、患者さんの情報や検査結果、そしてお会計がリンクしているため、紙カルテよりも格段に便利ではありますが、Vet Viewと比較すると、検査結果をマニュアルでアップロードする形のため、ファイルが引き出しにくい点(時間がかかる)、画像診断とのリンクができていない点などにおいて少し劣っているように感じます。

入院カルテ

入院カルテとは、入院患者の治療内容を記入するシートのことです。このシートがあることで、他の獣医師や動物看護師さんと入院患者情報、治療方針が共有でき、各患者さんへの治療をスムーズに行うことができます。

このシートの違いに関しては、以下のものを経験しました。

  • 1校目: 紙のTreatment Sheet
  • 2校目: 電子Treatment Sheet (Instinct)
  • 3校目: 電子Treatment Sheet (Instinct)

電子入院カルテであるInstinctは、入院患者さんの治療内容やバイタル変化などを記録するソフトになります。これは、私的に非常に便利で、獣医さんと看護師さんの分業がしっかりしている大学病院では、私たち獣医師がこのTreatment Sheetに治療内容をオーダー入力することで、看護師さんがこの内容を確認して、この指示通りに治療や処置を行ってくれます。また、トリートメントに入力された投薬やモニターなどをもとに、入院費用も自動的に計算してくれるなど、電子カルテの全ての役割を担うことができるそうです。

https://www.instinct.vet/

そして、Instinctには、獣医で使用される薬剤の教科書Plumbが導入されています。これによって、薬剤について調べることはもちろんのこと、入院カルテを作る時に、mg/kgを入力することで患者さんの体重に合わせて投与量の計算までしてくれます。さらには、医療事故防止のために、万が一投与予定量がPlumbに記載される値から大きく外れていると、アラートが表示される機能もあります。

私は、2校目のインターンでInstinctの使い方にある程度慣れていたので、3校目の大学で同じシステムが使われていることを知った時は、とても嬉しかったです。

このようにとても便利なInstinctですが、オーダー方法や各病院が行っている”当たり前”を知らないと、看護師さんに迷惑をかけてしまうこともあります。例えば、入院患者数が多いので、1日2回の投薬なら7amと7pmに設定するなどtreatmentの時間をそろえることが暗黙の了解になっているのです。

郷に入っては郷に従えという言葉のように、務める病院の風土に合わせて、いかにスタッフの方々とストレスなく、助け合い、最善の医療を提供できるかがとても重要だと思いました。

動物看護師との連携について

日本では馴染みのなかった、テクニカルサポートという言葉の意味を学びました。診療補助という意味ですが、これは、動物看護師が、診療の中でどれだけの範囲、役割を担うのか、どこからどこまでを任せるのか、という意味でもあります。

アメリカの看護師さんは、こんなことまで看護師さんができるの?!ということまでやってくれます。大学によりますが、現在の私が所属するICUの看護師さんは非常に優秀で、入院カルテにオーダーを記入しておけば、看護師間で以下の内容も獣医師なしにできてしまいます。

  • 留置を入れる
  • 中心静脈カテーテルを入れる
  • サンプリングカテーテルを入れる
  • 尿カテを入れる(オス、メス、犬、猫)
  • NGチューブの設置
  • 採血、血液検査
  • 見積もりの作成
  • 入院患者の処置

どこまでが動物看護師の仕事で、どこからが獣医師の仕事か。特にECCで働く場合は、この役割分担がとても重要なポイントになります。全部獣医がやらなければいけない場合、時間外の仕事が増えてしまい、学ぶことが本業の研修医として、学びの機会を失ってしまう可能性があるからです。もちろん助け合いは、大切なことですが、仕組み自体に問題があるのであれば、改善しなければならないことだと思います。

また、当然のことかもしれませんが、医療レベル、強みのある分野も大学によってかなり異なります。私もテクニカルサポートに関して、今までの経験上、大学による大きな違いを感じました。

例えば、

A大学: ER専属の動物看護師が基本いないので、全ての処置、検査を獣医師が行う。動物看護師は入院看護のみ。

B大学: ER専属の動物看護師というポジションがないため、手が空いていれば手伝ってもらえる。入院看護でさえも基本人手不足のため獣医師も行う。

C大学: ER専属の動物看護師が基本的に全て担う。入院カルテにオーダーをすれば、全て動物看護師によって処置が完了する。

何を目的に渡米して獣医大学に入り、何を学びたいのか、もちろん個々の性格もあってどれが正解ということはありませんが、このような違いがあるということをイメージした上で、仕事環境を選べると有意義な時間を過ごせるのではないかなと思いました。

4. 他科との連携について

ECCという科は、他科(外科や循環器科、神経科、画像科など)とのコミュニケーションを図る機会が最も多い科です。

例えば、腸穿孔に伴う腹膜炎や腸閉塞, 胃拡張胃捻転などの緊急手術が必要になる症例が来た場合は、外科や画像科チームとのコミュニケーションがとても重要になります。また、椎間板ヘルニア疑いや神経症状、発作の患者がERに来院した場合は、神経科とのコミュニケーションが必要で、このようにERだけで完結する場合もあれば、他科と協力して最善の治療法を提案しなければならない場合も多くあるのです。


これだけの科が関わると、ECC側の意見と、他科の意見が一致しないことも珍しくありません。例えば、私が1校目の時に注意されたのは、他科の先生に言われたことを鵜呑みにしすぎてしまっていたという点でした。専門医が言っているのだから正しいはずだ、と思っていたのです。しかし、あくまで主導権は、主治医であり、画像診断医が治療に関してコメントをしたとしても最終判断は、主治医である私が行わなければならない、ということを2校目、3校目と経験することで理解できるようになりました。

どこの病院にも多少のぶつかり合いはあります。最初に各科がECCとどんなスタンス、関係性にあるのかを察することがとても重要だと思います。


自分自身がどのような立場で、どのような診療方針のもと学びをしたいのか、こういった観点からも判断することは、せっかく来たアメリカで過ごす上でとても重要な判断材料になるかと思います。

州によって異なる医療用麻薬の取り扱いについて

今までの内容と比べると少々細かいですが、コントロールドラッグ(麻薬)についてです。日本と同様に麻薬指定薬は、取り扱いがとても厳しく、簡単に放置、廃棄することができません。

処方する際には、多くのプロセスを経なくてはならないため、指定薬かどうかで、診療のスピード感が異なってきます。例えば、1校目に働いていた州では、ガバペンチン(痛み止め)がコントロールドラッグだったので、処方の時も扱いが厳重でしたが、2校目、3校目ではコントロールドラッグではないため、簡単に処方できます。何がコントロールドラッグか、そうでないか、を把握しておくことも診療効率を考える上で大事なことだと思いましたのでご紹介しました。

まとめ

大学を、テクノロジー、テクニカルサポート(看護師さんができる範囲)、州の法律による視点から見る機会はあまりないと思います。そして、私自身、これらの点をマッチングの際に自身の参加したいプログラムのランキングづけに活用しようとは、想像もしませんでした。

しかし、マッチングを終えてレジデントとして3年間働く準備が整った今、大学の環境設備は意外に盲点だったと感じています。3年間紙カルテの大学で働くのと、快適に使える電子カルテを使っている大学で働くを比較すると、仕事効率に大きく影響したのではないかと思います。

大学間でこのような違いがあることを理解しておくことで、どんな環境が望ましいのか、というイメージを作りやすくなると思うので、ぜひ参考にしてみてください。

完璧なプログラムを目指すのは難しく、どのプログラムも一長一短があります。これは、日本でも就職したり、新しい環境を構築するときでも同じことが言えるかと思いますが、自分自身がどこにこだわるかが重要だと思います。

大学病院ごとの違いシステム編ということで、大学にどういう違いがあるの?どこの大学病院も一緒なんじゃないの?といった疑問をお持ちの方に少しでも参考になれば幸いです。

アメリカ獣医大学 インターンとは はじめに 著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務し、2022年現在、アメリカの獣医大学で救急集中治療(ECC)の専...
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みけ
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