はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で、救急集中治療の専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、血液中に含まれる酸素の量について解説していきます。救急患者さんを診察するに当たり、必ず必要になる生理学の知識になります。この知識があればショックの理解が深まります。
なぜ血液中の酸素量が重要か
ショックの定義を理解すれば、血液中の酸素量がいかに重要かはすぐに理解していただけるはずです。
ショックの定義とは、体内のATPの需要が供給を上回ることです。ATPを産生するのに最も重要なのが酸素なので、酸素の供給量が需要量を下回ること、と言い換える事ができます。
酸素の需要量は、体内の代謝量によって変動はするもののそこまで大きな変化はありません。となると、血液中の酸素量および、血液の循環量の減少によってショックに陥ることになります。
よって、血液中の酸素量について考えるのがとても重要なのです。
酸素は血液中にどう分布している?
酸素は、血液中で「血漿中」と「赤血球内」に分布しています。なので、血液1dlあたりどのくらいの酸素が含まれているかを知りたければ、血漿1dl 中の酸素と赤血球1dl 中の酸素の量を足し合わせたものということになります。
- 血漿中の酸素
- 赤血球内の酸素
血漿中に含まれる酸素は単純に、どれだけの分圧の酸素が血症に含まれているかということになります。
一方、赤血球に含まれる酸素とは、実際は赤血球内のヘモグロビンに結合する酸素を指します。赤血球内には、大量のヘモグロビンが含まれており、一つのヘモグロビンに4つの酸素分子が結合することで効率よく血液によって酸素を運ぶことができます。
これを置き換えると血液中の酸素の分布は以下になります。
- 血漿中の酸素
- ヘモグロビンと結合する酸素
PaO2, SaO2, SpO2とは何を表す指標?
ここからは、ようやくPaO2やSpO2などの普段臨床現場で登場する指標の説明に移ります。PaO2, SaO2, SpO2はそれぞれ何を表しているでしょうか。PaO2から説明していきます。
PaO2:動脈酸素分圧
- P: partial pressure (分圧:mmHg)
- a: atrial (動脈)
- O2: 酸素
PaO2とは、血漿中に溶け込む酸素分圧です。肺胞内で酸素が分散されることにより、動脈血の血漿中に含まれる酸素分圧は、健康な肺であれば肺胞内の酸素分圧とほとんど等しくなります。
もしも、肺に異常がある場合、肺胞内の酸素分圧よりも動脈血の酸素分圧が低くなります。PaO2は血漿中の酸素分圧を測定したものですが、実際には肺胞内の酸素分圧や、肺の機能を反映する指標になるということです。
そして、ヘモグロビンに結合する酸素は、一旦血漿中に溶解して、細胞へと運ばれることになります。つまり、PaO2は細胞が受け取る酸素量にも直結するといえます。
SaO2:動脈酸素飽和度
- S: Saturation (飽和度:%)
- a: atrial (動脈)
- O2: 酸素
SaO2とは、赤血球内に大量に含まれるヘモグロビンの何%が酸素と結合しているかを示す割合になります。なので単位は%です。
PaO2があがればSaO2も上昇するという関係にあり、これを曲線化したグラフが酸素ヘモグロビン解離曲線と言います。
SaO2を測定するには、動脈血の採血が必要で、動物病院でこれを測定する機械があることは稀かと思います。よって、SaO2の代替としてパルスで測定できる酸素飽和度がSpO2です。
ヘモグロビンはあくまで、酸素の貯蔵場所です。先程も述べたように、実際に細胞に酸素が運ばれるには、一度血漿中に溶解する必要があります。
SpO2:経皮的動脈酸素飽和度
- S: Saturation (飽和度:%)
- p: pulse (動脈)
- O2: 酸素
SpO2とは、SaO2を経皮的に計測したものです。クリップなどで舌や唇、指間を挟むことで測定できます。非侵襲的に測定できるので、獣医領域では非常に役立ちます。ただし、黒い皮膚ではうまく反応しなかったり、体動による影響を受けたりするので、感度が必ずしも信頼できるかどうかわからないのが欠点です。
動脈血酸素含量(CaO2)とは
CaO2とは、動脈酸素含有量と言って、動脈中に含まれる酸素の量を表すアブリビエーションです。
- C: content(量)
- a: atrial (動脈)
- O2: 酸素
酸素は血漿中と赤血球内を均一に分布しているわけではありません。赤血球によって運ばれる酸素の量の方がはるかに多いです。CaO2とは、以下の式で表されますが、係数に着目して見てみてください。ヘモグロビンにかかっている係数が約1.34なのに対して、血漿中の酸素にかかっている係数は約0.0031と非常に小さな値になります。
これを見ると、貧血によってヘモグロビン減少する事が、どれだけ酸素運搬量に影響するかがお分かりいただけるかと思います。
結局、これらは何を示している?
PaO2やSpO2は、血液中に含まれる酸素の量を測定しています。実際、何のためにこれらを測定するかというと、血液を酸素化するための肺機能を評価するためです(換気能に問題がないという前提)。
肺機能が障害されている場合、血液が酸素化されないため動脈血に含まれる酸素量が低くなります。以下のような状況で活用されます。
- 患者さんを酸素室に入れなければいけない状況か悩ましいとき
- 酸素を投与しているのにもかかわらず、患者さんの呼吸がよくならないときに
- 人工呼吸下で、抜管のタイミングを決めるとき
まとめ
- 酸素は、血液中の血漿と赤血球内に分布する
- 赤血球内に含まれる大量のヘモグロビンに酸素が結合することで効率よく酸素を組織に運べる
- PaO2は血漿中にどれだけ酸素が含まれるかの指標
- SaO2とSpO2は何%のヘモグロビンが酸素と結合しているかという割合
- SaO2とSpO2が実際に組織に受け渡す酸素の量を表す指標
- PaO2は肺胞内の酸素分圧、肺機能を推定できる指標