はじめに
この記事では、胸腔内の異常(胸水や気胸)を生じる原因疾患をご紹介していきます。
臨床現場では、安定化のあと、どのような原因疾患が考えられるか、その原因疾患を診断/除外するためにどのような検査が必要か、を考える事が最初のステップです。そして診断がついてしまえば、教科書や論文を漁って何が最善の治療かを決めればいいだけです。
最初のステップをスムーズにこなすためには、ざっくりどのような病態があるかを知っておく必要があります。どんな病態があったかな、と思い出すためにこの記事をご活用ください。
こちらの記事では、呼吸が速い、努力呼吸、といった症状で来院された患者さんに対して、鑑別診断を11つのカテゴリーに分類して解説してます。呼吸困難で来院した患者さんに対する最初の思考プロセスになります
胸腔内疾患の病態
胸腔内の異常による呼吸器症状は、肺が膨らめなくなることが原因で生じます。病態は以下になります。
- 胸水、空気、腫瘤、腹腔内臓器によって、胸腔が占拠される
- 肺が膨らめなくなる –> 肺虚脱
- 換気低下、酸素化低下–> 換気不全、低酸素血症
- 換気の増加、酸素化向上のために努力呼吸、呼吸数の増加
胸腔内疾患の鑑別リスト
胸腔内の異常における鑑別疾患の大きなカテゴリーを以下にあげます。
- 胸水:血胸、膿胸、乳び胸
- 気胸
- 胸腔内腫瘤
- 横隔膜ヘルニア
病態は、胸腔内が肺以外の何かに占拠されることで肺が膨らめなくなります。この「何か」が上記の鑑別に挙げられていますが、さらにこの病態の原因となる鑑別診断を挙げていくことにしましょう。
胸水
胸水の性状はTPと細胞数によって以下のように分類されます。
- 漏出性胸水(変性漏出性 vs 漏出性)
- 滲出性胸水
様々な疾患によって、胸水が生じるメカニズムが異なります。メカニズムを理解することで、鑑別リストを絞っていくことができます。
漏出性胸水の原因
- 低アルブミン血症
- リンパ管の閉塞
変性漏出性胸水の原因
- 肝後性の静水圧上昇(心不全)
- 血管透過性の亢進
- 血管炎: vasculitis
腫瘍性胸水、乳び胸は漏出性に分類されることがあります。
滲出性胸水の原因
感染性
- 外傷性
- 異物
- 感染した臓器による散布
非感染性
- 非変性性好中球
- 小球性好中球(乳び胸)
- 腫瘍性
- 肺炎
- 膿瘍
- 敗血症
- 膵炎
- 腔内の腫瘍壊死
胸水の性状に関するもう少し詳しい情報はこちらもご覧ください。
気胸
気胸の原因は様々です。大きなカテゴリーとして、自然気胸と外傷性気胸、医原性気胸に分けられます。
- 自然気胸:特に外傷がなく、自然と気胸になる場合
- 外傷性気胸:肺や気管の損傷により生じる場合
- 医原性気胸:胸腔穿刺などの手技によって生じる場合
自然気胸
自然気胸にも、一次性と二次性の自然気胸があります。
一次性自然気胸
- 犬:ブレブ、ブラの破裂
- 猫では報告がない
二次性自然気胸
- 腫瘍
- 膿瘍
- 細菌性肺炎
- 肺血栓塞栓症
- フィラリア症
- 猫喘息
- 肺虫症
などです。二次性気胸とは、独自の原因疾患が存在し、それに付随して気胸が起こる事です。様々な病気が基礎疾患になりえます。
気胸の治療に、原因疾患の追求が重要になる事がよくわかります。
医原性気胸
いかなる胸腔を針で刺すような手技において、合併症として気胸が含まれることはたやすく想像できるかと思います。
麻酔をかけたあとなどに、気胸が生じた場合は、気管チューブによる気管の損傷や、人工換気による気道内圧の過度な上昇による肺胞の破裂が起こる可能性があります。
そして、NGチューブなど設置ミスによって、チューブ先端が肺を貫通するといったことも医原性気胸の原因の一つです。これを教科書で読んだ時には、こんなこと起こるはずがない、と思っていましたが、長く働いているといろんな状況に遭遇するもので、実際にNGチューブの設置で気胸になってしまった患者さんをみた事があります。
胸腔内腫瘤
胸腔内腫瘤の増大によって、呼吸困難が生じる場合、腫瘍や膿瘍が考えられます。
これらの疾患は、急に呼吸困難に陥る疾患ではなく、慢性的な経過をたどる事が一般的です。診断には、レントゲンやCTの撮影、そしてFNA、バイオオプシー検査が必要になります。
胸腔内の腫瘤に伴う胸水は、以下の原因で生じます。
- 血管透過性亢進
- 胸膜や肺のリンパ管の閉塞
- 壊死性物質の胸腔内への散布–>胸腔内の膠質浸透圧上昇
- 胸管の閉塞、穿孔
横隔膜ヘルニア
横隔膜ヘルニアは、先天的および後天性の二つが考えられます。問題になることが多いのは後天性の横隔膜ヘルニアで、交通事故などの衝撃によって横隔膜が引き裂かれることが原因になります。
交通事故などの場合は特に、手術のタイミングをよく考慮する必要があります。
緊急手術が必要な状況
- 胃のヘルニア
- 絞扼した腸、その他の臓器
- 酸素化不全
- 内臓破裂
これらの状況では、24時間以内に手術を行うことによって、良好な予後が得られるというデータがあります。
長時間(72時間以上)、肺虚脱が持続していた場合、肺の再膨張性肺水腫のリスクが上昇します。よって、以上のケースに当てはまらない場合も、早急な手術は術後合併症のリスクを減少させる可能性があります。
ただし、緊急手術に進む前に、一般状態の安定化及び、患者さんの全身を診ることが非常に重要です。例えば、肺挫傷が重度の場合は全身麻酔が安全にかけられるか。もしくは予後を大きく変えるような他の傷害(例えば脊髄傷害)がないか。などを評価した上で手術のプランを立てることが重要です。
まとめ
この記事では、胸腔内疾患の鑑別リストについてざっくりとご紹介しました。どんな病気があって、どんな検査をしたら診断につながるかを考える事が、診断学の核になります。