はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、視診や聴診で上部気道閉塞に異常があると判断したあとに用いる鑑別リストをご紹介します。鑑別リストを挙げた後は、どの様な検査で可能性をさらに絞り込んでいくかを考えます。
鑑別リストと診断プランを作る
鑑別リストを作ることによって、どの様な検査が必要なのかを具体的に飼い主さんに説明できる様になります。
検査にかかる見積もり、治療方針、そして予後をあらかじめある程度お伝えしておく事ができるのです。
また、検査を望まない飼い主さんに対しても、この検査をするとどこまでわかって、しないとこの可能性が除外できない、という説明ができます。それを理解した上で、検査を行わない、という選択をしてもらう事ができるのです。
「何かわからないのでとりあえず検査してみましょう」というインフォームから、
「AとBとCの可能性を除外するためにこの検査をしましょう。もしもこれらの可能性が除外された場合、治療法、予後はXXXと想定されます」
といった、検査が終わるまでに、どんな結果になりうるかを飼い主さんにイメージしてもらえる様にする事が、事前のいいインフォームなのではないかと考えています。
上部気道閉塞を認識する
呼吸困難の原因が上部気道であることをまずは認識しなければいけません。そして、上部気道のうちのどこから異常呼吸音がするのかを考えます。
上部気道閉塞鑑別リスト
上部気道のどこに問題があるか予測がついたら、鑑別リストを作りましょう。例えば、スターターが聞こえた場合は鼻腔狭窄なので鼻腔狭窄の鑑別リストを作ります。
鼻腔狭窄
- 外鼻腔狭窄
- 鼻咽頭内ポリープ、腫瘤、感染、炎症、異物
これらの可能性を考えたときに、どんな検査をすれば確定診断に至れるでしょうか。
例えば、高齢の患者さんで、腫瘍を強く疑った場合、最終的にはCTや内視鏡、そしてバイオプシーや培養が必要になります。
しかし、これらの検査には全身麻酔や高額な診断費用がかかります。この検査を行う前にできることを考えます。
CBCで白血球数の上昇や好中球の左方移動がみられれば炎症が疑われます。生化学検査で臓器障害が疑われれば麻酔リスクが上がります。そして他臓器への腫瘍の転移ということも考えられます。
麻酔前に転移病巣を探すことも非常に重要です。胸部レントゲン、腹部超音波検査でもしも転移病巣の様なものが見つかった場合、そちらの検査(例えばFNAなど)によって診断がつく可能性があります。もしくは、転移の可能性が高い時点で、飼い主さんがこれ以上の検査を望まなくなる、ということも十分考えられます。
すぐに直接的な証拠をつかみに行くのではなく、診断/除外しやすいところからアプローチして、最終的に全身麻酔などが必要な検査に進み診断に至るというプロセスが重要です。
喉頭周囲の狭窄
- 軟口蓋過長
- 喉頭麻痺
- 喉頭虚脱
- 喉頭小嚢反転
- 喉頭ポリープ、腫瘤、炎症、異物
ストライダーが聞こえた場合、喉頭周囲の問題の可能性が高いです。喉頭の異常にもこれだけたくさんの原因があるのです。
犬種、歳、ヒストリーが診断の助けになる事は多いですが、例えば、喉頭腫瘤を疑った場合、最終的な診断はCT、内視鏡、バイオプシーが必要になることもあります。
しかし、他の疾患を除外した上でさらなる診断に進む必要があります。
さらなる診断に進む前にできることは、口腔内検査です。
喉頭までしっかりと観察するには、鎮静が必要になります。上記の鑑別診断を除外するために、どう観察するかが非常に重要です。正常を知らないと、何が異常かにも気がつけないので、正常所見に見慣れておきましょう。
この動画では、内視鏡を用いて、十分な鎮静をかけているので、非常に見易いですが、実際の臨床現場での軽度な鎮静と目視の場合、ここまで綺麗にペットが不動の状態で観察する事ができないかもしれません。
軟口蓋の過長がある場合、どの様に見えるかがこちらの動画でわかりやすくみられます。
気管狭窄
- 気管低形成
- 気管虚脱
- 気管狭窄
- 外傷(咬傷、HBC)
- 気管チューブによる気管損傷
- 凝固異状による血腫
- 気管内からの圧迫:気管ポリープ、腫瘤、炎症、異物
- 気管外からの圧迫:頸部腫瘤や胸腔内腫瘤の圧迫
気管の異常がある場合、咳の症状が認められる事が多いです。気管虚脱には好発犬種が存在するためわかりやすいです。簡単にレントゲンで診断する事ができます。
しかし、気管虚脱が除外された場合。さらなる検査で原因を突き止めなければいけません。気管内を見るには、内視鏡が最も簡単です。気管の外から圧迫されている病気に関しては、CTスキャンが有効です。
初めから両方するプランでもいいですが、病気の可能性が高い方の検査を優先し、診断できれば、飼い主さんへの費用の負担も少なくなります。
まとめ
この記事では、上部気道疾患の鑑別診断と、鑑別リストを作ることの重要さについて解説しました。漠然と同じ事をするのではなく、頭でしっかりと考え、的確なインフォームをする事で、飼い主さんとの信頼関係も向上します。