はじめに
この記事では、呼吸困難で来院した患者さんの胸腔内異常の見つけ方、そして安定化までをご紹介します。鑑別診断については、こちらの記事で説明しているので、あわせてご覧ください。
緊急性の評価
呼吸困難が主訴で来院した患者さんは、基本的には緊急症例と判断します。なぜなら、呼吸困難によって患者さんが命を落とす可能性があるためです。
患者さんが病院に到着したら、まずはA(airway), B(Breathing), C (Circulation)の順に視診、触診をします。
呼吸困難を主訴に来院した患者さんでも、循環状態をあわせて評価する事が重要になります。なぜなら、呼吸困難の原因が呼吸器疾患の場合もあれば、もしくは循環不全による、代償反応による呼吸困難の可能性もあるからです。
どちらの場合でも、患者さんの緊急度は高く、素早い安定化が必要になります。
循環を評価する方法は、こちらの記事で、6つのperfusion parameterを総合的に評価する必要があるというお話をしました。
特に、胸腔内の圧が前負荷に影響するため、胸腔内疾患と循環の関連性は強いのです。ショックをより理解するための記事もご覧ください。
胸腔内疾患の病態
胸腔内の異常による呼吸器症状は、肺が膨らめなくなることが原因で生じます。病態は以下になります。
- 胸水、空気、腫瘤、腹腔内臓器によって、胸腔が占拠される
- 肺が膨らめなくなる –> 肺虚脱
- 換気低下、酸素化低下–> 換気不全、低酸素血症
- 換気の増加、酸素化向上のために努力呼吸、呼吸数の増加
胸腔内疾患の症状
上記に示した病態の結果、以下のような呼吸様式がみられます。
- 開口呼吸
- 浅速呼吸
- 腹式呼吸
- 奇異性呼吸
- 首と頭を伸展
- 犬座姿勢
- チアノーゼ
奇異性呼吸
奇異性の呼吸とは、腹部の動きが、普通の呼吸で見られるものと逆になる事です。吸気時に、肋間筋が収縮して胸腔が膨らむ一方、横隔膜が頭側に引き寄せられ、腹部が凹みます。呼気時には、肋間筋によって胸腔が縮む一方、胸腔内の占拠によって横隔膜が後方に押し出されて腹部が膨らみます。
胸腔内が正常の陰圧レベルを保っていた場合、横隔膜および腹部の動きは逆になります。
猫の胸水貯留でよく見られます。犬猫で胸腔内疾患で見られる必見の所見ではありません。
首と頭を伸長、犬座姿勢、チアノーゼ
最後の5, 6, 7が見られた場合は非常に重症度が高いです。重度な低酸素血症が疑われる所見になります。一刻も早く安定化する必要があります。
胸腔内異常の検出
胸水の検出
簡易超音波はエマージェンシーの病院には必須の機械といっても過言ではありません。胸水は簡易超音波によって簡単に検出できます。レントゲンは動物にかかるストレスが大きいため、特に呼吸困難で来院している患者さんではリスクを伴います。
レントゲンよりも簡単に、緊急対応に必要な情報を手に入れる事ができるのがFAST scanです。
FAST scan (focused assessment with sonography for trauma)の目的は「2分間でfree fluidの検出」する事です。胸腔のFAST scanのことをthoracic FAST(TFAST)と言います。
FAST scanについてはこちらの記事もご覧ください。
気胸の検出
気胸もTFASTで疑う事ができます。特徴的なTFAST所見は、Glide lineの欠損です。Glide lineとは、肺と胸膜の境界が呼吸に合わせて動く事です。気胸によって、肺と胸膜の間に空気が入ることで、境界の動きが見えなくなります。
TFASTで気胸を診断するのはなかなか難しく、感度があまり高ありません。気胸を診断するには、レントゲン検査が非常に有用です。
しかし、レントゲン検査を行うリスクが高い場合、気胸が強く疑われる場合は、診断的に胸腔穿刺を行います。気胸が強く疑われる場合とは、
- 交通事故などの外傷(胸水、肺挫傷をTFASTにて除外)
- 気胸の既往歴
気胸は急速に進行して患者さんの命を脅かす病態になりかねません。疑った場合は、躊躇せずに診断的に胸腔穿刺を行いましょう。
安定化
安定化の方法は、病態を考えれば明快です。胸腔内を占拠しているもの(空気にせよ胸水にせよ)を胸腔穿刺によって取り除き、肺が膨らめるようにしてあげる事です。
胸腔穿刺には、2種類の目的があります。
- 治療的胸腔穿刺
- 診断的胸腔穿刺
胸水を治療目的で急いで抜去する必要があるかどうかは、患者さんの状態によります。呼吸困難のサイン、そして循環不全が見られた場合は治療的胸腔穿刺によって、できる限りの胸水を抜去します。
これらの代償反応が見られず、一刻を争う状況ではないと判断された場合、診断目的で胸水を採取し、性状検査を優先することも可能です。日々の忙しい診察をこなしている中、胸水貯留した患者さんが来院した時、何の手技をどのタイミングで行うか、というのは重要なポイントになります。
待てる、待てない、の判断ができるようになることが大事です。そして一度、待てる、と判断された患者さんにおいても、経時的なモニターは必須です。ケージの中で刻一刻と変化する可能性があることを念頭において、状況に応じた判断が重要です。
胸腔穿刺の方法についてはこちらの記事もご覧ください。
どれくらいの胸水貯留によって呼吸困難が出るか
多少の胸水貯留では、患者さんが呼吸困難になることはありません。では、どれほどの胸水が貯まると、呼吸困難になるのでしょうか。
呼吸不全が生じるのは胸水が犬で30-60 ml/kg、猫で20ml/kg貯留した場合です。
10kgの犬では、300ml以上の胸水貯留によって呼吸困難になります。300mlを想像してみると、一番大きなシリンジ60mlx5本分です。それなりの水が溜まって初めて呼吸困難になる事がわかります。
この数字をなんとなく覚えておく事が大事です。
10kgの犬の呼吸困難の患者さんから、100ml(10ml/kg)の胸水が抜けたとしましょう。この患者さんの呼吸困難の原因は胸水だけでしょうか?
上記の解説より、10ml/kgの胸水では患者さんは呼吸困難にならないはずなので、おそらく肺病変や肺のコンプライアンスの低下など、別の病態が呼吸困難に寄与している事が考えられます。
胸腔チューブの設置
胸腔チューブとは、その名の通り、胸腔へのアクセスとなるチューブの事です。気胸が持続的に生じる場合、膿胸を内科管理する場合、などに設置が考慮されます。
特に気胸の患者さんへの胸腔チューブの設置は、命を救う処置になります。一般的な適応は以下になります。
- 緊張性気胸
- 1時間に2回以上の胸腔穿刺が必要になる場合
- 胸腔切開の術後
胸腔チューブに関してはこちらの記事で解説しています。興味があればご覧ください。
まとめ
この記事、以下の状況を明瞭にイメージしていただけたら嬉しいです。
- 呼吸器症状を示した患者さんが来院
- 11つのカテゴリーから、胸腔内疾患が疑われた
- 胸水の検出
- 治療的胸水抜去が必要 vs 診断的胸水抜去の判断
- 鑑別疾患リストの作成
- 性状検査を解釈して鑑別を絞る