はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、アナフィラキシーショックの病態および、病態に基づいた治療のコンセプトを解説します。興味がある方は、実際の症例を紹介しているこちらのページもご参照ください。
アナフィラキシーショックの病態
アナフィラキシーショックとは、抗原に暴露された後、短時間で起きることのあるアレルギー反応です。抗体IgEが産生され、肥満細胞の脱顆粒を誘発します。肥満細胞に含まれる顆粒が、アナフィラキシーショックを引き起こすキーとなります。
肥満細胞に含まれる顆粒が生体にどんな影響を与えるかを考えていきましょう。肥満細胞にはたくさんの活性化物質が含まれますが、アナフィラキシーショックで重要になるのはヒスタミンとヘパリンの2つです。
ヒスタミンは血管拡張や、血管の透過性を増加させることで血液の血管外漏出を引き起こします。血液の血管外漏出による血管内容量の減少は最大35%と言われています。
血管内容量の30-40%が失われることで、血液減少性のショックに陥ることがわかっているので、ヒスタミン放出によってショックが起こることは容易に想像できます。
また、ヘパリンは抗凝固作用があり、トロンビンの作用をアンチトロンビンを介して抑制します。その結果、血栓が作られにくくなり、出血傾向となります。出血による血液喪失も、血管内容量減少の原因となります。
アナフィラキシーショックの病態をまとめると、肥満細胞の脱顆粒により、ヒスタミンとヘパリンが血行動態へと影響を与えます。ヒスタミンによる血管拡張、血管外漏出、及びヘパリンによる出血による血液容量の更なる減少がショックの原因となります。
アナフィラキシーショックの診断
診断のポイント
何と言っても一番のヒントは問診です。「健康な犬の急な虚脱、消化器症状」で来院した患者さんの全てのケースでアナフィラキシーショックを鑑別診断に含めるべきです。
アナフィラキシーショックを疑うことができれば、どんな検査所見を探しに行くべきかが見えてきます。ショックに陥っているため、頻脈や低血圧は基本のきです。
そして、特徴的なのはFASTスキャンによって検出できるへーローサインです。これはうっ血による胆嚢の浮腫によって生じる超音波所見です。そして血様の腹水(うっ血により漏れ出ている/もしくは腹腔内出血)も重要所見です。
血液検査では、ALTの上昇及び、凝固系の異常(特にPTTの上昇)が一般的に見られます。
アナフィラキシーショックを確定診断することは、臨床現場ではとても難しいですが、これらのパズルのピースを繋ぎ合わせていくことで、アナフィラキシーショックであることを強く疑うことができるのです。
初期治療
安定化にはABCの評価が最初のステップになります。
A=Airwayの異常にはいち早く気が付く必要があります。呼吸音を聞けば上部気道閉塞の異常がわかります。B=Breathの異常は、アナフィラキシーの患者さんでは気管支収縮によって生じる可能性が高いです。もしくは、凝固異常による肺出血、そして肺毛細血管からの血液漏出による非心原性肺水腫の可能性もあります。
経験上、A,Bの異常を主訴とするケースはあまり多くなく、C=circulation(循環)の異常によるショック(様々なショックのコンビネーション)を呈している場合が多いです。
アナフィラキシーショックの病態を加味した上で、どのように安定化するかを考えていきます。
循環動態の治療コンセプトは以下になります。
- 血液減少性ショックの治療
- 血液分布異常性ショックの治療
- 貧血性ショックの治療
アナフィラキシーショックの病態でも示したように、血漿成分の漏出、血管拡張による相対的な血液量減少、そして出血による絶対的な血液量減少が血液減少性ショック原因となります。
これを治療するには、ボリュームを入れてあげることが第一番に重要になります。つまり、輸液治療です。
そして、十分な前負荷の改善にもかかわらず、まだショックである場合は次のステップに進みます。前負荷の改善の評価方法は、例えば、心腔内のボリュームやPCV/TPで判断します。
晶質液を入れても入れても血管に残らない、という状況は、血液の漏出を示唆するものです。この場合、コロイド液を投与する必要があります。
血液分布異常性ショックに対する血管収縮、もしくは貧血が重度な場合は輸血が必要になります。
コロイドの投与
そして、晶質液の投与だけでは、血管外漏出してしまうため、早期にFFP(Fresh Frozen Plasma:血漿輸血)の投与を行うことも推奨されています。もしもFFPが使えない状況であれば、人工コロイドの投与も考慮します。(人工コロイドによる血小板機能抑制が仇となることもあるので、使用は賛否両論ありますが、背に腹は変えられないこともあります)
FFPを早期に使用するメリットはいくつかあります。
- 膠質浸透圧のサポート
- 凝固因子の補充
- グリコカリックス層の保護
まずは膠質浸透圧のサポートです。アルブミンが1.5とかなり低いため、晶質液はアナフィラキシーショックの病態と組み合わさってさらに血管外に漏れやすくなっています。膠質液を使用することで、短期的ではありますが、血管内容量を維持する効果が期待できます。
そして、アナフィラキシーショックの症例に関しては、凝固因子の補充という大きな役割もあります。
最後に、グリコカリックス層の保護につながると考えられます。グリコカリックスについては詳しく触れませんが、FFPの早期投与によって、低灌流によるグリコカリックスの破壊を防ぎ、更なる血管外漏出を防ぐことにつながります。
その他の治療
抗ヒスタミン薬、デキサメサゾン、そしてパントプラゾール、抗生剤です。
前者二つに即効性はありませんが、後の消化器症状や、遅延性アレルギー反応の予防になると考えられています。また、抗生剤は重度な白血球減少症が認められ、消化管からのバクテリアトランスロケーションを予防するため使用を考慮することがあります。
呼吸器に異常がある場合は、気管支拡張剤の使用を考慮します。
まとめ
この記事を介して、アナフィラキシーショックの病態を理解し、病態に基づいた安定化について考えいただくきっかけになればうれしいです。
実際のアナフィラキシー症例にどのようにアプローチしたかをこちらで解説しています。