はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、新人獣医さんに向けて、呼吸困難の症例がきた時の診断までの思考プロセスをご紹介します。このプロセスをしっかりと理解し、鑑別疾患を上げて順序立てて診断を組み立てて行く事で、呼吸困難患者さんに向き合うのが怖くなくなります。
犬・猫の呼吸困難①では、なぜ診察の際に「ちゃんと考える事が大事か」を説明しました。犬・猫の呼吸困難②では呼吸困難の原因11つのカテゴリーをご紹介します。このカテゴリーに当てはめる事で、患者さんをどう安定させるかのヒントを得る事ができます。臨床現場で直結して役に立つ内容を、アメリカのトレーニングで学んだ事や経験を盛り込みながら解説します。①-④まで最後までご覧ください。
呼吸困難患者さんの診察のゴール
呼吸困難総論の最初の記事なので、最初に獣医師の仕事としてのゴールについて書きます。
私たちのゴールは、3つです。
- 呼吸困難の原因に応じて患者さんを安定化
- 呼吸困難の原因疾患を究明
- 原因疾患を治療
アメリカの救急集中治療科の役割は、主に①になります。そして②と③は内科が専門とする領域になります。
全ての呼吸困難は、11つのカテゴリーに分類する事ができます。①は、呼吸困難の原因をこの11のカテゴリーのどれにあたるのかを即座に判断し、それに応じた安定化を行うという工程になります。
さていよいよ、11カテゴリーをご紹介していきます。
頻呼吸を11カテゴリーに分けて考える
呼吸が速い、努力呼吸の原因はこれら11個のカテゴリーに分類できます。最後のlook-alikeとは、痛み、酸塩基のバランスの乱れ、興奮、敗血症、など、呼吸器や換気以外の原因が含まれます。
呼吸器の症例を見たときに、最初のゴールはこの11個のカテゴリーのどれに当てはまるかを推測することになります。
このカテゴリーの中に、様々な病態が含まれます。具体的な疾患を診断する前に、11つのうちどれに当てはまるかを分類する事で、次のステップ、診断(どこにフォーカスを当てるか)や安定化の方法が異なります。
上部気道、下部気道、肺実質のおさらい
それでは、11個を上から順に説明して行く前に、上部気道、下部気道、肺実質のおさらいだけしておきます。
呼吸器は、上部気道、下部気道、肺実質の3つで構成されます。呼吸困難の全てがこの3つに分類できれば簡単なのですが、呼吸器以外の疾患によっても呼吸困難が生じるので、11カテゴリー全ての可能性を考慮する事が重要です。
それではいよいよ、①からざっくりとカバーしていきます。もっと詳しく勉強したい方は、リンクからその疾患に特化したページもご用意しているので、ご覧ください。
①上部気道閉塞: upper airway
上部気道閉塞の異常で代表的なのは、短頭種気道症候群です。外鼻孔狭窄、軟口蓋過長、気管低形成とといった、気管支手前までの気道が狭くなる病気の総称です。(短頭種気道症候群に関してはこちらのページで詳しく解説しているのでご参照ください)
他には、鼻腔内ポリープ、腫瘍、異物、喉頭麻痺、喉頭虚脱、気管虚脱などの病気があります。
上部気道閉塞を患った患者さんは特徴的な呼吸をします。聴診器を使わずにも聴こえる、ストライダーやスターターという異常呼吸音を出します。呼吸様式、聴診に関してはこちらの記事で解説しています。
上部気道閉塞を引き起こす代表的な疾患
- 外鼻孔狭窄
- 鼻腔内ポリープ、腫瘤、炎症、異物
- 軟口蓋過長
- 喉頭麻痺
- 喉頭虚脱
- 喉頭小嚢反転
- 喉頭ポリープ、腫瘤、炎症、異物
- 気管低形成
- 気管虚脱
- 気管ポリープ、腫瘤、炎症、異物
- 頸部腫瘤や胸腔内腫瘤の圧迫
②下部気道閉塞: lower airway
下部気道疾患の代表的な疾患
- 慢性気管支肺炎(原因は様々)
- 猫喘息
肺胞に入るまでの細い気管支に炎症などの異常が起こることで呼気努力が生じるのが特徴的です。お腹で押すように、吐く時に力を入れます。呼吸様式は、吸う時間に比べ吐く時間が長くなることも特徴的です。聴診では、笛の音の様なウィーズが一般的に聞こえます。
猫は喘息が重症になると開口呼吸をします。
慢性気管支炎や猫喘息の原因は様々です。環境的な要因が関与していることもあります。
③肺実質疾患: parenchymal diseases
肺実質の異常に含まれる代表的な疾患
- 肺炎(原因は様々)
- 肺線維症
- 肺腫瘍
誤嚥性肺炎やケンネルコフなどの肺炎がよく見られる代表疾患です。他には、ARDSやALIなどの肺炎、寄生虫やカビ感染、異物の混入などによる肺炎、免疫疾患である好酸球性肺炎などもあります。
呼気吸気にかかわらず呼吸数が速くなることが多いです。感染性の場合、呼吸様式の変化だけでなく、湿性の咳をしたり、発熱などの他の症状を呈することもあります。酸素化機能が低下するため、重度の場合、チアノーゼが見られることもあります。
④胸腔内の異常: pleural diseases
胸腔内の異常に含まれる代表的な疾患
- 胸水(漏出性/滲出性、血胸、膿胸、乳糜胸)
- 気胸
- 胸腔内腫瘍
胸腔内で何かが大きくなる/増えることで肺が広がるスペースがなくなり、換気不全になります。うまく換気できないことで体内にCO2が蓄積することから呼吸数が上昇します。
猫では、胸水によってparadoxical componentといって、胸とお腹の動きが相反するような呼吸をすることが多いといわれています。
胸水の原因も様々で、腫瘍、出血、感染、乳糜、心臓病(犬では右心不全、猫では左心不全でも生じる)、特発性などがあります。また、気胸と言って、胸腔内に空気がたまる病態、胸腔内の腫瘍の増大においても肺がうまく膨らめないことによって頻呼吸が生じます。
胸腔内疾患に関してはこちらで解説していきます。
これらの異常は、患者さんにストレスをかけてレントゲンを撮影する前に、FASTスキャンができれば簡単に検出することができます。必要に応じて治療的胸水抜去を行い、安定化してからレントゲンを撮れば、患者さんが急変するリスクを減少できます。
⑤胸腔外の異常
胸腔外の異常とは、例えば腹部の腫瘍が増大/GDV/腹水などで腹部から胸腔を圧迫、肺が拡がれなくなるような場合を指します。お腹からの圧力が原因の場合は、GDVであれば減圧、腹水であれば腹水抜去などそちらの原因除去を優先させます。
しかし、呼吸器の病気を合併している場合もあるので、原因と思われたものが解除された後の再評価も非常に重要です。
⑥胸壁の異常: body wall
胸壁の異常の代表疾患
- 胸壁の奇形
- 腫瘍による胸腔内の占拠
- 胸壁の外傷(フレイルチェスト、肋骨骨折、胸壁穿孔)
- 横隔膜の異常(横隔膜ヘルニア)
外傷はヒストリーや痛みによって除外する事ができます。胸壁及び肺が広がりたくてもうまく広がれない状態なので、吸気努力が認められます。痛みを伴う場合は、吸気努力に加えて呼吸数が早くなります。
胸壁の動きを見る事、そしてFASTスキャンによって腫瘤の存在を、ある程度除外する事ができます。
⑦心原性肺水腫: cardiogenic pulmonary edema
肺水腫とは、肺に水がたまる状態です。
心原性と非心原性がありますが、心原性肺水腫は左心不全による肺水腫です。代表的な基礎疾患を以下にあげます。
- 僧帽弁閉鎖不全症(小型犬に多い)
- 肥大型心筋症(猫に多い)
- 拡張型心筋症(大型犬に多い)
肺水腫になる前には、左心房圧の上昇が起こります。犬の心臓疾患では、聴診によって僧帽弁の逆流音(心雑音)が聞こえます。心雑音がない場合、心不全である可能性は低いです。猫の場合は注意が必要で、心雑音がなくても左心不全に陥っている事があるので、心不全の可能性は簡単に除外できません。
非心原性肺水腫とは、心臓に問題がないのに生じる肺水腫のことです。はっきりした病態は明らかになっていません。現在報告のある原因は以下になります。
- 神経原性(発作の後)
- 窒息
- 感電
これらの可能性がないか(発作がなかったか、首輪で首がしまったりしなかったか、コードで遊んでいなかったかなど)の問診が非常に重要になります。
⑧肺挫傷/肺出血: vascular diseases
肺血管の異常
- 肺挫傷
- 肺出血(凝固異常、レプトスピラ感染、殺鼠剤中毒)
肺挫傷の原因は外傷です。肺は繊細な臓器なので、車の交通事故などで肺出血を起こします。この可能性は、ヒストリーによって簡単に除外する事ができます。
肺出血の原因は、肺挫傷のみではなく、凝固異常やレプとスピラ感染などが代表的です。凝固異常の原因も様々ですが、アメリカでは殺鼠剤中毒で止血異常が起こり肺出血、胸水が溜まることがあります。
⑨神経原性
呼吸筋を支配する神経異常、呼吸筋異常
- 脳幹
- 脊髄(C2-C6)
- 神経筋接合部
- 呼吸筋(横隔膜、肋間筋)
外傷による頸部脊髄損傷がもっとも多い呼吸不全の原因です。
呼吸様式の特徴は、浅い呼吸になります。肋間筋が広がらない、横隔膜がうまく動かず、呼吸数は減少します。
神経筋接合部の異常には、重症筋無力症、ボツリヌス症、クーンハウンド麻痺、多発性神経根炎があります。
⑩肺動脈血栓塞栓症(PTE): Pulmonary thromboembolism
肺動脈に血栓が詰まる病態を肺動脈血栓塞栓症(PTE)と言います。肺に血栓が詰まる基礎疾患は様々です。
ヒストリーは、急性の呼吸不全になります。凝固亢進する様な基礎疾患(IMHA, 膵炎、PLE、猫のATEなど)がある場合はさらに可能性が高いです。
この疾患は様々な検査をしても確定診断が難しいため、最後まで残る鑑別です。
凝固疾患に関する記事も併せてご覧ください。
呼吸器以外: look-alike
呼吸器以外の疾患で頻呼吸が出ることは動物病院ではたくさん起こります。
- 痛み
- 興奮/緊張/分離不安
- 暑さ
- 酸塩基異常
- 敗血症
- 脳幹異常
- 薬(モルヒネなど)
これらの状態の場合、患者さんの酸素化、換気機能には問題ないので、血中の酸素濃度は正常です。
呼吸が悪い、という主訴で来て、レントゲンをとっても何も出てこない、そして酸素濃度も正常、というパターンになります。いずれにせよ、身体検査や血液検査、そして画像検査などを用いて、なぜ正常でない呼吸をしているかを突き止める必要があります。
まとめ
- 頻呼吸の原因は11通りに分類できる
- 11分類の病態をそれぞれ理解しましょう
- レントゲンなどの検査に進む前に、この11分類のどれに当てはまりそうか検討をつける練習をしましょう
- 次の記事、犬・猫の頻呼吸③では、どのように実際の症例をこれらの分類に当てはめて行くかをご紹介していきます。