はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
凝固検査にはさまざまな種類があり、それぞれの検査で凝固系の何をみているかが異なります。この記事では、凝固系の基礎を理解した上で、凝固検査の意義について解説していきます。
少し発展の内容になりますが、Viscoelastic test(TEG, ROTEM, VCMなどの検査)については以下の記事で解説しているのでご覧ください。
凝固系の基礎
まずは、凝固系の異常を評価する際に、理解しておかなければならない3つのフェーズ(一次止血、二次止血、線溶系)について解説します。
一次止血
一次止血とは、血小板が小さな血管の損傷を埋めるフェーズです。
この段階でできる血栓は、フィブリンによる強固が行われていないため、非常に脆いです。この脆い血栓を強固にするのが二次止血のフェーズになります。
一次止血の異常は大きく二つに分類することができ、一つは血小板数の減少、もう一つは血小板の機能不全です。血小板減少の原因は、骨髄による産生低下、出血による喪失、血管の損傷による消費、免疫介在性疾患の様な破壊、に分類されます。機能不全は、遺伝性疾患、NSAIDs中毒、人工コロイドの投与などが挙げられます。
一次止血がうまくいかないと、どのような臨床症状や徴候が現れるでしょうか。小さな血管の損傷を修復することができないため、点状出血が一般的な身体検査所見になります。
二次止血
二次止血は、血小板によってできた脆い血栓をフィブリン重合によって強化するフェーズです。ここでは凝固因子が活躍します。内因系、外因系のY字の凝固因子活性のカスケードによって、最終的にフィブリノーゲンがフィブリンになり、血栓を強固にします。
一次止血異常でみられた点状出血に対して、二次止血異常では皮下出血(bruising)や血胸、血腹といった大きな出血が見られることが一般的です。一次止血が正常である限り、微小出血のコントロールは可能なため、点状出血は起こらず、それ以上の大きな血管の欠損に対して止血ができなくなるというメカニズムです。
この写真は、アナフィラキシーショックによって凝固異常が起こり、PT, PTTの重度な延長が見られた症例です。サンプリングラインの周囲で激しい皮下出血がみられました。点状出血とは違い、アザの様な見た目になります。
線溶系
線溶系は、上記の止血過程で作られた血栓を溶解する工程です。作られた血栓はいつまでも血管にへばりついているわけにはいかないため、溶解される必要があります。
プラスミンという血栓溶解酵素が、フィブリンを分解することで血栓が溶解します。
線溶系の機能低下によって、血栓傾向になります。その反対に、線溶系の亢進によって出血傾向になります。
線溶系亢進は外傷や、重度の炎症、DICなどの病態で起こることがあります。血小板数、血小板の機能、そして凝固因子の定量的な異常がないにもかかわらず出血傾向を示す場合に疑われる病態です。
凝固異常の病態
凝固異常といったときに、どの様な病気や病態が挙げられるでしょうか。
血液中に足りない成分、そして凝固亢進する状況及び線溶系が亢進する状況を想像してみましょう。
- 血小板がない場合、そして血小板の機能異常(一次止血異常)
- vWFの減少(一次止血異常)
- 凝固因子の減少(二次止血異常)
- 血栓傾向(ウィルヒョーの3徴:血管内皮損傷、血流うっ滞、凝固能の亢進)
- 外傷性凝固異常(線溶系亢進)
従来の凝固検査
私は、獣医新人時代、出血傾向=とりあえずPT, APTT!という考えをしていました。凝固系の病態をよく理解していなかったこともあり、嫌いな分野でした。しかし、病態をしっかり考えれば、どの様な検査が必要で、どんな治療が必要かが明瞭になることがわかったので、今はそれほど凝固系疾患が恐ろしくなくなりました。
では、従来の凝固検査にはどの様なものがあるでしょうか。そして、それらの検査ではどの様な病態が検出できるでしょうか。
出血傾向の場合
- 血小板数減少
- 血小板産生減少
- 血小板破壊
- 血小板消費
- 血小板喪失
- PT, APTT:凝固因子の欠乏をスクリーニング(二次止血異常)
- 肝不全によるビタミンK欠乏
- 殺鼠剤中毒(アメリカでは格段に多い疾患です)
- 血友病
- アナフィラキシーショック、熱中症
- DIC
- BMBT(Buccal Mucosal Bleeding Time)
- vWF症
- 血小板機能異常
- vWF:定量検査が外注で可能
- vWF症
血栓傾向の場合
- FDP, D-dimer:線溶系亢進(間接的に凝固亢進)を疑うことができます。
- IMHAなどの免疫介在性疾患、膵炎、猫HCMなど
従来の検査の限界
上記の検査では説明のつかない出血に関しては、結局診断がお蔵入りになってしまいます。
- 血小板の機能異常(BMBTは信頼性が低い)による出血傾向
- 線溶系の亢進による出血傾向
- 凝固亢進(FDP, D-dimerは感度が低い)による血栓傾向
この従来の検査の弱点を補うのが、Viscoelastic testや血小板機能検査(PFA100など)になります。これらの比較的新しい凝固検査では、凝固の3つのフェーズを評価することが可能になります。
これによって、血小板を補えばいいのか、凝固因子を補うべきか、それとも線溶系を抑制するべきなのか、という方向性が決まります。
まとめ
この記事では、凝固系の基礎と、検査の意義について解説しました。凝固不全の原因を、適切な検査によって見極めることで、治療方針が明確に立てられます。凝固系についてもっと深く勉強したいという方はこちらの記事も併せてご覧ください。