この記事の内容
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。
ICU管理には、ドラマがあります。アメリカの獣医医療費は、日本に比べて莫大です。費用と、予後と、QOLのバランスを考えた計画が必要になります。
この記事では、印象深い患者さんやシチュエーションをただつらつらと日記のように書いていこうかなと思っています。特に勉強になるようなものではありませんが、アメリカってこんなことが起こるのか、というショッキングなことなどをご紹介できると思いますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。
- かかりつけ病院で尿閉解除が困難だったため紹介された猫
- 来院時のカリウムが8.5、不整脈、徐脈、血圧測定負荷
- 尿閉解除
- 入院時に尿カテ抜去に2回失敗
- 尿道造影にで尿道狭窄が診断
- 内科/外科/ICUの専門医での会議
- 退院
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かかりつけ病院で尿閉解除が困難だったため紹介された猫
今回紹介する患者さんは、尿閉で紹介された5歳の雑種の去勢オス猫さんです。
かかりつけの動物病院で尿道閉塞が診断され、閉塞解除が試みられました。しかし、全身麻酔下でも閉塞解除が成功しなかったため、膀胱穿刺によって膀胱を空にした後、私が働く大学病院に紹介されました。
かかりつけ病院でのカリウムの値は8.3。それに対する処置は特にされていませんでした。
到着した猫ちゃんはぐったり。麻酔からまだ覚めきっていないと飼い主さんは言いましたが、流石にこの意識レベルは心配だ、、、と思い急いでICUに連れて帰りトリアージを行います。
来院時のカリウムが8.5、不整脈、徐脈、血圧測定負荷
予想通り、脈は取れず、徐脈、そして低体温。ECGを付けてみるとP波の消失、テントT波。典型的な高K血症のサインです。重度の脱水もあったため、グルコン酸カルシウムを準備している間に点滴をボーラスしました。ボーラスによって血圧が測れるようになりましたが、心臓保護のためにグルコン酸カルシウムを投与します。
POCの血液検査でカリウムが8.5という結果が出ました。
ここで選択肢としては、デキストロース、インスリン、重炭酸ナトリウムの投与がありますが、facultyの方針によりこの時点でデキストロースが投与されました。
飼い主さんに閉塞解除の際に起こる合併症を説明し、同意をもらった上で閉塞解除に進みました。
ちなみにですが、尿閉の猫ちゃんは入院管理が必要になりますが、最初の見積もりは2000-2500ドル(20-25万円)です。日本では考えられない値段かもしれませんが、アメリカは本当に医療費が高額です。残念ながら、これが許容できない場合は膀胱穿刺をして皮下点滴をして閉塞が解除されることを祈るということもありますが、常に安楽死という選択肢も見据えないといけないというのが辛い点です。
尿閉解除
尿閉解除の方法は様々です。私の働く大学では、MILAのカテーテルが主流です。中のスタイレットは外して使用します。ジェルをたっぷり塗って、カテーテルが滑りやすいようにします。フラッシュ用の生理食塩水にもジェルを混ぜます。
閉塞解除の際、陰茎の角度などが重要になります。ペニスの先を引っ張るようにして膀胱から一直線の状態にしてカテーテルを進めていくとうまくいくことが多いです。
その方法で、今回の猫ちゃんの閉塞解除は30分ほどで完了しました。
スタンダードな方法がうまくいかなかった場合に、会陰ブロックを行ったり、全身麻酔に進んだり、最終手段としてはそのまま会陰尿道瘻形成術に進む場合もあります。
入院時に尿カテ抜去に2回失敗
入院管理は途中まではとてもスムーズでした。レントゲンで結石がないことを確認して、尿検査で感染がないことを確認します。この時点で、閉塞の原因は尿中に含まれる大量のデブリからFIC (Feline Ideopathic Cystitis)猫の特発性膀胱炎であると仮診断されました。
FICに対して、なるべくストレスをなくすこと、痛みをなくすこと、などの環境に気を使った入院管理を行います。
カリウム、BUN, Crea, 尿量、猫さんの水和状態も整い、唯一の心配は尿の色(血尿)と尿中のデブリだけという状況になりました。入院3日目に、尿カテーテルを抜去して、自分で排尿できるかをトライしました。
午前中に抜去し、夜には再閉塞。。。
尿カテーテル抜去失敗に至り、再度尿カテーテルを設置して閉塞を解除します。これが2回起こったため、尿道狭窄や尿道の外傷の可能性を考慮して逆行性尿道造影を行うことになりました。
尿道造影にで尿道狭窄が診断
3度目に尿カテーテルを抜去するタイミングで尿道造影を行うことになりました。
これは、造影剤を尿道カテーテルから注入した透視画像ですが、膀胱近位の尿道で狭窄が起こっています。他の部位の尿道を見てもらうと太さが明らかに異なります。十分なプレッシャーをかけているけれども、尿道が広がることができない状況=尿道狭窄が強く疑われる所見になります。
もちろん、急性の炎症かどうかを判断するには、炎症が落ち着いたであろう頃に再度同様の検査をして、この狭窄部位が消失していることを確認する必要があります。
この猫さんは2つの問題を抱えています。一つはこの尿道狭窄。そしてもう一つ、尿道閉塞を後押しした原因となるFICです。
内科/外科/ICUの専門医での会議
さあ困った。この結果をみた私たちは、尿カテを抜いても、これではまたすぐに尿道閉塞するだろうと考え再度尿カテを留置することにしました。
何が事を複雑化させているかというと、この近位での閉塞です。尿道損傷や狭窄が尿道遠位で生じているのであれば、その部分を切除するという会陰尿道瘻の適応になります。
しかし、狭窄部位があまりに近位のため、会陰尿道瘻が単純に適応できないということが示唆されます。
そして、内科、外科、ICUの専門医が集まった会議を行いました。もしも再閉塞したときに、どんな選択肢があるのか。尿道吻合術になるのか。それとも尿道ステントが適応になるのか。競技の結果、大きく二つの選択肢があるという結論に至りました。
- 尿道吻合術(狭窄部位を切り取って尿道をつなげる)
- 会陰尿道瘻の後に尿道ステントを設置(雄猫の遠位尿道は細すぎてステントが入らないため)
どちらも合併症を伴う可能性が非常に高く、そして手術費も100万円は下らないというものでした。飼い主さんに全ての可能性を説明したところ、もう一度、内科管理の上、尿道カテーテルの抜去をトライしてみて欲しいという希望がありました。
私もこの意見には正直同感で、上記の手術はどの先生も過去に経験がないようでしたので、最後の手段として取っておきたかったのです。もしも尿道狭窄がもともと生まれ持って/慢性的にあったものであれば、FICを治療すれば閉塞する前の状況に戻れるのではないかと思ったのです。もしの尿道狭窄がカテーテル挿入時に急性に損傷したものであれば、やや長期のカテーテル管理によって炎症がひく可能性もあると踏んだのです。
退院
尿道造影から5日後の午前中に尿道カテーテルを抜去。
午後、ついに自力で排尿してくれました!
2週間ほどの入院の末、ついに退院することができました。途中で、見積もりや内金を確認して、飼い主さんと相談していましたが、退院時の総額はおよそ5000ドル(約50万円)。手術なしでこの価格、日本ではちょっと考えられないですね。
無事、退院できたのでホットしましたが、正直資金が底つきてギブアップすることになるのではないかという不安が非常に大きかったです。飼い主さんとの話し方次第や、飼い主さんの経済状況によっては、アメリカでは安楽死を選択されてもおかしくない症例だったと感じます。
まとめ
獣医師6年目ですが、こんなに長引いた尿閉管理は初めてでした。飼い主さんとお話しするたびに、飼い主さんのフラストレーションが溜まっていることが伝わってきました。さらに余談ですが、飼い主さんご自身が腎臓移植を3度経験なさっている方で、泌尿器にめちゃめちゃ詳しかったんです。
大半の治療や医学用語を理解されていました。話が早いようで、逆に人間の医療との違いをわかってもらうのに苦労したりコミュニケーションはチャレンジングだったことは間違いありません。
飼い主さん、そして他の科の先生方とのコミュニケーションという面でも非常に勉強になる点が多かったです。
大変な症例でしたが、FICの徹底的な内科管理や、外科手術の介入の選択肢など、学ぶ点が多く印象的な症例でした。FICに関する詳しい情報をこちらのページで解説していますので興味のある方はぜひみてみてください。
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