はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で、救急集中治療の専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、酸素運搬、組織への酸素供給を理解する時に欠かせない概念である酸素解離曲線について解説します。実際の臨床現場では、理解していなくても患者さんを救うことはできるような内容ですが、バックグラウンドを理解することで、より論理的に治療法を選択することができるようになります。
PaO2とSaO2の意味をおさらい
低酸素血症が悪化した結果、組織に酸素を十分に送れなくなり、代償性に息切れや運動不耐といった症状が出ます。では、低酸素血症とはどういった状態でしょうか?簡単にいうと、「血液中の酸素濃度が低くなった時」ですね。
低酸素血症の定義
- 「動脈酸素分圧(PaO2)が80mmHg以下になったとき」
- 「酸素飽和度(SaO2, SpO2)が95%以下になったとき」
血液中の酸素量
動脈酸素分圧(PaO2)
PaO2が示すものとは、動脈血中(血漿中)にどれだけの圧の酸素が含まれているかです。
酸素飽和度 (SaO2)
一方、酸素飽和度(SaO2)とはヘモグロビンに酸素がどれだけ結合しているかを示す%です。SaO2が50%であれば、50%のヘモグロビンが酸素と結合しているという意味になります
血漿中の酸素分圧によって、何%のヘモグロビンが酸素と結合できるかが異なります。ここで、「じゃあどのくらいの酸素分圧だったら何%の酸素がヘモグロビンと結合できるの?」という疑問が生まれてきます。
それを示した図が酸素ヘモグロビン解離曲線になります。
酸素ヘモグロビン解離曲線はPaO2とSaO2の関係を表す
酸素ヘモグロビン解離曲線とは、血液中の酸素分圧(PaO2)とヘ酸素と結合するヘモグロビンの割合(SaO2)の関係を表すグラフです。X軸にPaO2、Y軸にSaO2がきます。簡単にいうと、酸素分圧がxのときにヘモグロビンはどれくらい酸素と結合できるかを表しています。
私はこの概念がしっくりくるまでには時間がかかりました。
このグラフの意味が理解できるように、肺から組織への酸素運搬を、ヘモグロビンと酸素の結合に焦点を当てて解説していきます。
酸素が肺から組織に供給されるまで
空気中から気管、気管支を通って肺胞に到達した酸素がどのようにして血液中、そして組織へと運搬されるかを見ていきましょう。
肺胞内の酸素の量
息を吸って、肺胞に入った空気中には約20%の酸素が含まれています。つまり、FiO2=21%です。
吸気酸素濃度(FiO2:fraction of inspiratory oxygen)とは、吸った空気の何%を酸素を占めるかを表しています。
そして、FiO2から肺胞内酸素分圧(PAO2)に換算する場合、5×FiO2という簡略された式が用いられます。FiO2=21%の時のPAO2=105 mmHgということになります。
分圧とは、混合気体中に含まれる、ある一つの分子の圧力のことです。空気は、窒素、酸素、二酸化炭素からなる混合気体です。その中で酸素がどのくらいの圧力を持っているかを酸素分圧といいます。単位はmmHgです。
- P: 分圧を表すPartial pressureのP
- A: 動脈を表すAlveolar(肺胞)
- O2: 酸素分圧
- 単位はmmHg
肺血管内 –> 動脈血の酸素運搬
肺胞内の酸素は、肺胞の毛細血管内の血液中に拡散されます。拡散とは、肺胞上皮細胞、間質、肺の毛細血管の薄い壁を介して、酸素分圧が高い方から低い方に移動し、均等の分圧になろうとすることです。
正常な肺であれば、肺胞内の酸素分圧と、動脈血の酸素分圧はほぼ等しくなります。
- PAO2(肺胞の酸素分圧) 約103mmHg
- PaO2(動脈内の酸素分圧) 約100mmHg
- SaO2 >95%
拡散障害とは
肺水腫や肺炎などの、肺胞と毛細血管の間に浮腫や炎症細胞の浸潤によって肺胞内の空気と肺毛細血管が物理的に遠くなることで、酸素の拡散障害が生じます。
例えば、PAO2(肺胞中の酸素分圧)が103mmHgにもかかわらず、PaO2(動脈酸素分圧)が60mmHgだった場合、肺での拡散障害が推測されます。
肺胞内の酸素分圧と毛細血管の酸素分圧の差(PAO2-PaO2)を、A-a gradient (A-a勾配)といいます。この差が大きいほど、肺機能が低下していることが疑われます。
肺胞毛細血管 –> 血漿中/ヘモグロビン
いよいよ、血液中に分布する酸素について、酸素ヘモグロビン解離曲線を用いて解説していきます。
肺胞で酸素を受け取った動脈血の酸素分圧が100mmHgの時、ヘモグロビンがどれほど酸素と結合しているかを知るには、酸素ヘモグロビン解離曲線を用います。
酸素ヘモグロビン解離曲線を見ると、PaO2が100 mmHgのとき、SaO2は100%に極めて近いことがわかります。
つまり、肺胞を通過した血液のヘモグロビンはほぼ100%が酸素と結合している状態になります。言い換えると、ヘモグロビンが酸素とガッチリ結合して離しにくい状態ということです。肺胞や動脈中で酸素を手放してしまっては、組織へ運搬できないので、理にかなっていますね。
全身の毛細血管
心臓のポンプによって全身へ送り出された動脈血は、毛細血管を介してそれぞれの臓器、組織に到達します。
もう一度酸素ヘモグロビン解離曲線を見てみると、毛細血管内において酸素分圧が40mmgのとき、ヘモグロビンの酸素結合率は75%である事がわかります。
毛細血管内は、酸素分圧が低く、ヘモグロビンが酸素分子を手離しやすい状態です。つまり、動脈血中は95%のヘモグロビンが酸素と結合していましたが、毛細血管内では95-75%=20%のヘモグロビンが酸素を手放したということがわかります。
「SaO2が低くなる=ヘモグロビンが酸素を手放しやすくなる」
つまり、「ヘモグロビンが酸素を供給しやすい状態」なのです。
抹消組織での酸素運搬
酸素の冒険のクライマックスとなりますが、抹消組織ではどのような事が起こっているでしょうか。
組織内の酸素分圧は20mmHgです。抹消組織にたどり着いた赤血球内のヘモグロビンは、さらに酸素分子を手放して、組織に酸素を供給します。
毛細血管で75%が酸素と結合した状態でした。酸素分圧がさらに低い組織では、SaO2が35%となることが曲線からわかるので、75-35%=40%のヘモグロビンが酸素を組織に供給します。
残りの35%は酸素と結合したまま心臓、肺に返っていくことになります。
(発展編)ボーア効果とは
この曲線はいつでも一定なわけではなく、以下のコンディションによって右に移動することがわかっています。
- 体温の上昇
- pHの低下
- 2,3DPGの増加
これら3つのコンディションに共通する点はなんでしょうか。
どれも「組織が酸素をより必要になる時」に関連しています。
例えば、体温が上昇した場合、エネルギー代謝が増加するので、酸素がより必要になります。
pHが低くなる原因は、乳酸性アシドーシス、呼吸性アシドーシス、代謝性アシドーシスに分類できますが、pHがよほど低くなる時、患者さんの体は悲鳴をあげています。酸素の供給量が需要量に見合っていない場合が多いです。
そして最後に2,3-DPGですが、生理学の授業でなんとなく聞いたことはあるかと思います。この物質は、貧血になっった時に赤血球から産生されます。2,3-DPGがヘモグロビンに結合することで、酸素との結合を妨げます。これによって何が起こるかというと、ヘモグロビンが酸素を手放しやすくなるので、組織での酸素供給量が増えます。
ボーア効果とは、3つのコンディションの変化によって酸素ヘモグロビン解離曲線が移動する、ということを示します。
毛細血管内の酸素分圧と酸素飽和度を考えてみましょう。もとの曲線では、PaO2 35 mmHgのときにSaO2は約75%で、動脈血のSaO2が95%だった時に、20%のヘモグロビンが酸素を手放すのでした。
右方移動した曲線を見てみると、同じ酸素分圧の時に酸素飽和度は45%ほどで、50%ほどのヘモグロビンが酸素を手放すことになります。
曲線が右方に移動した時、同じ酸素分圧の環境でも、より多くの酸素を放出して、組織に供給できるようになります。このボーア効果とは、「やばい状況」への生体反応だということがわかります。
まとめ
- 酸素ヘモグロビン解離曲線とは、PaO2とSaO2の関係を示した図
- 肺から組織へ酸素が運搬されるまでの血液中の酸素分圧と飽和度に着目
- 酸素飽和度が高い=ヘモグロビンと酸素の親和性が強く結合が強い
- 酸素飽和度が低い=ヘモグロビンと酸素の親和性が低く、酸素を供給しやすい
- ボーア効果とは組織への酸素供給が追いついていない時の生体反応