はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、アメリカ獣医大学の研修医プログラムについて、各大学をどう比較するかをご紹介します。マッチングに臨む先生、特にランキングで悩んでいる先生に向けての記事になります。マッチング過程の最終段階である、「ランキング」では、自分がどこの大学のプログラムに参加したいかを順位付けるものになります。研修医プログラムの良し悪しを、どの様な視点で評価するかのヒントになれば幸いです。
マッチングに関する概要こちらの記事もあわせてご覧ください。
- 研修医プログラムの違いを理解する
- 大学病院 vs Private practice
- ビザについて
- 獣医師免許について
- 臨床 vs 研究 vs 教育
- アカデミア(大学病院)の特徴
- Private practice(私営/企業の動物病院)の特徴
- Critical Care vs ER
- 時間 vs 症例数
- おわりに
研修医プログラムの違いを理解する
日本の獣医大学の教育カリキュラムが、大学によって異なるのと同様、研修医プログラムによって様々な特色があります。極端な話、毎日の診察が忙しすぎて、専門医試験の勉強をする間もない様なプログラムもあれば、専門医試験の対策にファカルティが熱心であるプログラムもあります。
レジデントとして3年間過ごす環境となるので、予め自分がどんな環境で過ごしたいかを明確にしておくこと。そしてプログラムに入ってからびっくり、ということを避けるために、少なくとも情報収集ができているといいと思います。
まずはアメリカにはどのようなプログラムが存在するかを大まかに説明した上で、私が参加しているプログラムについてご紹介していきたいと思います。
大学病院 vs Private practice (私営/企業の動物病院)
あまり知られていないかもしれせんが、専門医を育成するためのプログラムは、大学病院以外にも、私営/企業病院にもあります。
外国人である私たちにとっては、アカデミアのプログラムがメジャーで、専門医を目指す、となると、大学で働く、という印象が強いかもしれません。実は、私営/企業の動物病院にも専門医取得のためのプログラムはたくさんあるんです。アメリカでは、スペシャリティホスピタルといって、たくさんの専門医や専門の科を抱えている大きな二次病院が大都市を中心に増えてきています。このような大きな二次病院には、VCAやPathwayといった、企業病院が多く、専門医を抱えられるだけの規模があります。
なぜこのような動物病院のプログラムがあることが私たちの耳に届きにくいかというと、①ビザと②資格の関係があるからです。
①ビザについて
アメリカで数年間働くためには、適切なビザが必要になります。
私営/企業の動物病院で、ビザをレジデントのために発行してくれることは非常に稀です。理由を以下に説明します。
ビザの発行にはお金がかかります。基本的には、ビザを発行する施設が費用を負担することがほとんどです。さらに、これらの手続きには、international officeや弁護士のような、特殊な知識を持つ人材が必要になります。つまりビザの発行には費用と労力が必要なのです。
私営/企業の動物病院のメインの目的は、売り上げを上げることです。これらの施設にとってレジデントとは、専門医のもとで直接トレーニングができる機会の代わりに、安いお給料で長い時間働いてくれる存在です。そのため、わざわざビザを提供してまで、外国人をとる必要がなく、英語も堪能で、アメリカで教育を受けてきたアメリカ人を雇う傾向にあるのです。
では大学のビザ事情はどうでしょうか。
全ての大学がビザを提供してくれるわけではありません。実は「外人をとらない学校」の方が多いと思います。大学が外国人を雇うメリットとしては、組織のPRとして、diversity(多様性)を示せるという点が大きいように思います。
アメリカに来るまで、diversityという概念はよく理解できていませんでしたが、マッチングの際に「personal statementにdiversityに関する文を入れなさい」という大学があったため、勉強するきっかけになりました。私が受け取ったdiversityの意味とは、「大学が人種を問わずいろんな人を雇うことで、多方面からの知見やものの見方を取り入れることができて、組織がよりよくなる」です。diversity and inclusionというと、(人種、性別や肌の色などが)異なる人を受け入れることだという私なりの認識です。
外国人をとるデメリットとしては、先ほども出てきましたが。ビザを発行するためにはコストと労力が必要といった点になります。
大学によっては、「外国人を一切とらない(外国人にビザを発行しない)」というところもあります。政治的な理由であったり、コロナが理由であったり(ビザの発行遅延により、外国人をとると始業に遅れるリスクがある)、様々です。
②獣医師免許について
ビザの問題が解決されたら、資格の問題もあります。ここは私も理解するのに時間がかかった点です。
大学で働く限り、アメリカの国家資格やECFVG, PAVEは基本的には必要ありません。州によっては例外もあるので注意が必要な点です。
マッチングのサイトに、それぞれのプログラムに必要な資格が書いてあることが多いです。そこに「アメリカ人/カナダ人でない場合はECFVG, PAVEやNAVLEの点数を証明できる書類が必要」と書いてある場合は、「大学でも国家資格を持っていないと働けない」例外にあたるということです。
ここで注意が必要なのが、ビザが必要な場合は特に、直接大学に問い合わせないといけないことが多いということです。「マッチングのサイトに全ての情報が書いるとは限らない」ということは3度のマッチングを経験して思い知ったことです。「自分から聞かないと教えてくれないの?!」と何度も感じました。
「大学教育機関で専門医になるためのプログラムに沿って働く」ことが、アメリカの獣医師資格がなくても働ける条件になります。なので、大学病院では資格なしでも獣医師として働けますが、一歩外に出たら、獣医師として医療行為を行うことはできないのです。
よって、私営/企業の動物病院でも、資格がないと医療行為を行えないため、プログラムに参加する資格がないということになります。
ビザや資格に関する要項は毎年変わります。ここで記載したことはあくまでも2021年の時点での、一般的な風潮になります。探せばおそらく様々な例外(裏技)があるのかもしれません。この記事で一般的な風潮を理解した上で、自分から直接大学や私営/企業の動物病院にと言わせてチャンスを掴むことが重要だと思います。
私が聞いたことがある特殊な例
- アメリカで働く資格②があれば、ビザの発行を手伝ってくれる私営/企業の動物病院
- 私営/企業の動物病院でも、資格②がなくても外国人をサポートするプログラム
このような特殊な例もあるので、直接各施設に問い合わせてみる価値はあると思います。
臨床 vs 研究 vs 教育
ここまでで、外人にチャンスが大きいのは大学のプログラムであるということを説明しました。ここからは、実際にアカデミアのプログラムに参加した時とprivate practiceのプログラムとでは何が違うの?ということを解説します。
専門医になるためには、大きく、臨床、研究、教育という3つの能力を鍛える必要があります。簡単にいうと以下のスキルになります。
- 臨床:普段の診察で経験値を上げる
- 研究:論文を投稿する
- 教育:インターンや学生に教える
アカデミアとPrivate practiceのプログラムで大きく違う点は、これら3つの配分です。
アカデミア(大学病院)の特徴
- 臨床、研究、教育のバランスが取れている
- 臨床:大学によっては私営/企業の動物病院ほど症例数が多く忙しいこともあるが基本的には私営/企業の動物病院よりスロー
- 研究:大学によっては統計科の協力やグラントをとることで大規模な研究が可能
- 教育:毎日のように学生に教える機会があり、教えることも仕事の一貫
Private practice(私営/企業の動物病院)の特徴
- 臨床の比重がかなり大きい
- 臨床:1日にみる件数が多く、それなりのテクニカルサポートが得られることが多い
- 研究:設備が整っていなかったり、研究に避ける時間がないほど臨床が忙しいことが多いため、回顧的研究メインになる
- 教育:学生がいないので、「教える」能力を伸ばす機会があまりない
もちろん大学による違い、施設による違いは大きいですが、このような風潮があります。なので、研究を頑張りたい!という人はアカデミアを選びますし、とにかく現場での経験値が欲しい!という人は私営/企業の動物病院を選びます。一度プログラムに入ってしまうと、そのシステムに従うしかないので、自分の理想のプログラムがどんなものかを明確にしておくと、マッチングの際に役立ちます。
マッチングの際のインタビューで、自分が特に力を入れたい分野とプログラムの比重が一致している場合は、その点を強調して伝えることでアドバンテージになる可能性が高いと思います。
最後に、大学のプログラムにも様々な特徴があるので、その点に触れた上で私の大学のプログラムがどのようなものかを具体的にご紹介していきたいと思います。ここでは私の知るECC (Emergency and critical care)についてのみの情報になります。
Critical care vs ER
ECCの役割は、Critical careという重症患者の入院管理と、Emergencyの外来をまわすERの二つに分かれています。
- ERでは、患者さんの安定化、安定化の後に退院もしくは他科へ転科するという仕事中心になります。
- Critical careでは、DKAの管理、重積発作の管理、敗血症の管理、ベンチレーションの管理、、、などなど、重症患者さんの入院管理を行います。状態が安定したら転科することもありますし、中毒などでフォローアップが必要ない場合はかかりつけに返すこともあります。
これらを完全に別々のチームで行っている大学もあれば(Critical careとEmergencyのそれぞれにfacultyがいて別々に動く)、EmergencyとCritical careが混合(1人のfacultyが両方を監督する)して働くプログラムがあります。
大学によってはEmergencyしかない(ERで主に外来の受け入れ)プログラムや、ECC科は重症患者しかみないというプログラム、そしてその混合があります。両極端なことは稀で、基本的にはどちらも行うことが多いと思います。ERとCritical Careのどちらの比重が大きいかが臨床現場でのプログラムの大きな違いになります。
ECCがERをやらなかったら誰がERを見るの?と疑問に思われるかもしれません。
ERの仕事は、基本的には新卒のローテーティングインターンの仕事になります。日本では救急こそ新卒がやらない印象ですが、アメリカではERは幅広い分野に触れられる、飼い主さんとのコミュニケーションを学べる、複雑な症例は他の科からのコンサルテーションを受けられる、そして重症患者さんはCritical Careチームの助けを借りられるため、新人教育のいいトレーニングになります。インターンの次のステップに必要になる推薦状を書くファカルティからしても、インターンの幅広い能力をみることができ、評価しやすくなるという点でメリットです。アメリカの、特に大学病院では、しっかりとしたバックアップ大勢が整っているため、新人のインターンにERを任せられるのではないかと感じます。
Critical CareがEmergencyと完全に孤立して存在する場合、Emergencyで来院した重症患者はそのままCritical Careのチームに転科され、Emergencyのドクターは外来をまわすことに専念できます。ERが忙しい時に、重症患者が来院すると、診察が止まってしまうので、このように分業ができることは大きなメリットです。
私の大学のプログラムは、EmergencyとCritical Careが完璧に分かれており、Critical Careが9割、ERが1割くらいの配分です。基本的にはインターンが主治医としてERのケースを管理し、レジデントがそのインターンを監督する役割を担います。
ERを自ら回さないことで、刻一刻と変化する重症患者に向き合う時間が確保されます。
机に向かってリサーチする時間、そこで疑問が生まれた場合、ファカルティとディスカッションする時間があるのです。例えば、まだ治療経験があまりない症例が来た時に、教科書やReviewを使って復習します。そして複雑なケースの場合は過去のケースレポートを調べたり、どんな報告があるかを調べる時間もあります。特殊な科の先生に意見を聞きたい時はコンサルテーションをすることもできます。廊下で軽く意見を聞くこともできますし、コンサルテーションの費用をとって検査してもらうことも可能です。
この「時間の確保」に関しては、私が今までで喉から手が出るほど欲しかったものです。いつもいい症例が来ても、他の症例に追われる、などでじっくりとリサーチをして、ファカルティとディスカッションをして、ということに時間がかけれずにいました。なので、レジデントの特権を存分に使って勉強できています。
また、時間に余裕があることで、学生への教育にも目を向けることができます。
学生への教育は、現場で症例を前にして、クイズを出したり、思考プロセスを説明したり、毎日のように行われるトピックラウンドで、学生のリクエストに答えたラウンドを行うこともあります。私は学生に説明するときに、事前にどんな順番で説明するか構成を考え、どこまでの内容をカバーするか(ここまで深い知識は学生には必要ないか、など)を入念に準備します。
自分の知識を整理することもできますし、意外に曖昧だった知識を再確認することもできるチャンスになるため、これが非常に自分のための勉強になるのです。アウトプットすることで記憶に定着すると言われているように、こうしたアウトプットは率先して行うようにしています。
このように、時間があれば症例について深く考えることもでき、教育について考えることもできるのです。
時間 vs 症例数
最後に、自分ではコントロールできないけれど、プログラムが始まったら3年間常について回るポイント、時間 vs 症例数についてです。
実際にプログラムが始まってみて、「時間の確保」と「症例数」のバランスがプログラムを選ぶポイントになることにきがつきました。症例数が多くて忙しい病院では、いい症例をみることができる機会が多くても、じっくり一症例一症例に時間をかけることが難しくなります。その逆も然りで、症例数が少なく、じっくり座って考える時間があるような環境では、逆にいい症例と出会う機会が少ないともいえます。
実は、アメリカでは、費用やICUのキャパシティの関係もあり、呼吸困難の症例に対する挿管管理や透析に勧める患者さんの数は限られています。ICUが非常に発展している大学、例えばノースカロライナ州立大学、フロリダ大学、デービス校では人工呼吸や透析が日常的に行われていますが、私が所属している大学では、人工呼吸に進むための費用最低でもおおよそ8,000ドルと言った時に、オーナーさんからのOKがでることが少ないため、このような処置に進む患者さんをみる機会も少なくなります。
この点が、唯一私が所属するプログラムのネガティブなポイントであると思います。
しかし、今までのマッチングの経験から思い知りましたが、完璧なプログラムはないのです。自分が与えられた環境でどう過ごすかが一番大事なことです。私が現在勤めている大学は、時間はあるけれども症例数が少ない方のプログラムに分類されると思います。
2年間のインターン生活では、常に非常に忙しく、時間に追われ、休みもかなり少なかったため疲弊していました。
時間がない環境で自分がどう過ごすかをコントロールするのは難しいですが、時間がある中で自分がどう過ごすかは、本当に自分次第でいくらでもコントロールすることができるのです。この経験があるが故に、今の自分の環境へ毎日感謝をしても仕切れないほど、満足しています。この3年間で、できる限りの知識、経験を増やし、大学で学生やインターンにだけにとどまらず、ブログを通じて得た知識や経験をフィードバックすることが私のモチベーションです。
おわりに
私は、日本の獣医大学の受験でもそうでしたが、マッチングの申込みも、「どこでもいいから入れてくれ」状態でした。自分の経験したこともない、「賢い人たちがいる環境」と思い込むが故に、自分がそこで何をしたいかよりも、その環境に入り込むこと自体がゴールになっていたからだと思います。
実際に働いてみないとわからないことではありますが、いざ始まると3年間同じ環境でトレーニングをすることになるため、プログラム選びは非常に重要です。
この様なプログラムを比較するという意識は、ランキングの際に役立つだけでなく、ビジティングに行った時にどんなことを質問するべきかを準備する上でも役に立ちます。
各大学でのシステムの違いについては以下の記事もご覧ください。