はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、アメリカの獣医学教育がどの様なものか、興味がある方が対象です。
私が現在働いている獣医大学では、学生が実際の患者さんに胸腔チューブ設置、心嚢水抜去や食道チューブの設置をしたりします。麻酔科では、麻酔プロトコールを作り、モニタリングするのも学生になります。そして、そんな学生の先生役となるのは、専門医であるファカルティだけでなく、研修医、そして看護師さんなのです。
そして皆学生は失敗して当たり前、というスタンスで見守ってくれ、うまくできたら写真をとって掲示板に貼ったりするほど、祝福してくれます。
日本の獣医大学の教育システムとは大きく違います。この記事では、アメリカ獣医大学の最終学年である4年生がどんなことをしているのかをご紹介します。
アメリカで獣医学生をするメリット
アメリカで獣医学生をしていたら人生どの様に変わっていたか、考えたことがあります。アメリカで働いてみた経験から、メリットを考えてみた時に以下のことが挙げられると思いました。
- 世界観が広がる
- 英語が上達する
- 4年生のクリニックでは常に実践的なことを学べる
- 様々な科で勉強できるため、自分がどんなことに興味があるか探求できる
- 専門医から直接指導を受けられる
- アメリカの国家資格が取れる
- 専門医になりやすい
アメリカで獣医学生をするメリットですが、間違いなく世界観が広がります。いろんな国の人がいたり、いろんな生活環境の人がいたり、動物病院に勤務している人と話すだけでも本当にアメリカって大きいんだな、と思います。
英語は、初めコミュニケーションが全て辛いかもしれませんが、上達することは間違いないと思います。
獣医4年生になると、クリニックでのローテーティングがあります。1年間かけて、2週間ずつ様々な科を回ります。小動物、大動物、さらに8週間のエクスターンシップ研修も必須になっています。この最後の年は、座学はほとんどありません。
この1年間は、みっちり臨床を学ぶのですが、専門医とのディスカッションはたくさんできます。つまり、症例を介して、専門医の生の意見を学ぶことができます。
最後に、試験に合格して、卒業すれば晴れてアメリカの獣医師免許を取得できます。ビザや永住権などがあれば、アメリカで獣医師として働くことができるということです。
ここからは、私が思う、アメリカ獣医大学にいくことの一番のメリット、4年生のクリニックについて紹介します。学生がクリニックではどんなことをしているか、どんな経験が積めるか、を説明していきます。
アメリカ獣医学生、4年生のクリニックでの役割
- 1年かけて、2週間ずつ様々な科を回る(rotatingという)
- オーナーさんから問診をとる
- 患者を自分で評価して診断方法、治療方法、もしくは麻酔プランなどを考える
- 研修医と一緒に話し合ってプランを施行
- オーナーさんとのコミュニケーション方法を実践で学ぶ
- カルテをかく
4年生でクリニックを回るときには、学生が自主的に行動しなければいけません。ただ研修医の後ろで見ているわけにはいきません。
それぞれの科の初日は朝、オリエンテーションからスタートします。
それぞれの科での学生のexpectation(期待されること)が説明されます。学生の役割を明確にする、という意味です。
学生は、アポイントメントの前日にオーナーさんに電話をし、事前に問診をしておきます。そして当日患者さんとオーナーさんが到着したら、患者さんの身体検査などを、まずは学生のみで行なっていきます。
先生達が学生に期待することとは、自分でプランを立てることです。問診、身体検査によって得た情報から、まずは鑑別診断、そしてそれを絞っていくための診断プランを考えます。自分なりの答えがでたら、研修医に自分のプランを伝えます。研修医も自ら身体検査を行い、学生とディスカッションをします。
ある程度プランが見えたら、ファカルティへ報告します。ファカルティが身体検査を自らしていく場合もあれば、口頭でのディスカッションのみを行うこともあります。ファカルティからgoサインが出たら、プランを施行していきます。診断がついたら、また同様に治療プランを決定。
オーナーさんとのコミュニケーションも、研修医の前、ファカルティの前で練習することができます。そして必ず一緒についていたドクターは学生にフィードバックをします。
例えば、今の説明はわかりやすかった、ここがよかった、ここはもうちょっと強調して言わないとダメだよ、などです。一度働き始めたら、ここまでつきっきりで見てもらえる機会は少なくなるので、学生のうちにトレーニングができるのはすごくいい経験になると思います。
患者さんが帰った後には、必ずペーパーワークがあります。カルテの記入は学生が最初に行います。もちろん、それも成績をつける上で重要な評価ポイントとなります。
学生が書いたドキュメントは、研修医、ファカルティからトリプルチェックを受け、オーナーさんやかかりつけ動物病院のもとへ届きます。
これが、クリニックの大体の流れになります。私が素晴らしいな、と思うのは、学生のうちに専門医に直接教えてもらう期間が1年間与えられているということです。
学生が真剣な理由
ちなみに、この制度は不真面目な学生ばかりだったら成り立ちません。クリニックで学生が担う責任や負担がかなり大きいためです。
この心配がいらないのが、アメリカの教育システムのいいところだと私は思います。
なぜ心配がいらないかというと、学生は常に全力で、一生懸命です。私が考えるその理由は大きく以下の点です。
- 獣医大学に入った段階で、すでに動物病院の実習経験はある
- 奨学金を借りて、高い学費を借金して学びに来ている
- 次の進路に進むのに、成績が非常に重要だから
- 常にいい行いをしていないと、いい成績がもらえないシステムだから
獣医大学に入った段階で、すでに動物病院の実習経験はある
アメリカの獣医大学に入学するために、ボランティアの経験だったり、臨床で仕事をした経験が履歴書に示されている必要があります。なので、4年生の実習で回ってくる学生は、看護師さんとして働いた経験があります。
私が一緒に働いている看護師さんの中にも、今病院に努めて7年目で、来年、獣医学部の受験を考えているという人がいるくらいです。アメリカにはアンダーグラッドと言う高校と大学の間に教養学部がありますが、そこから大学に入学するまで何年かかっているかと言うのは大きな問題ではありません。何歳からでも挑戦する人は挑戦できるのだと学びました。
つまり何が言いたいかと言うと、学生はすでに経験で知識がある程度あるため、考えるのが楽しいのだと思います。病院実習が待ち焦がれていた瞬間なのだと思います。よって、モチベーションが高い学生が多いのです。
奨学金を借りて、高い学費を借金して学びに来ている
先ほどにも出てきましたが、高校、アンダーグラッドを卒業し、一度社会に出るのが一般的なのです。そして学費を稼いだり、経験をつみ、獣医学部への受験に望みます。獣医大学の学費は、その州出身かどうかで費用は倍ほど変わりますが、とても高いのです。
ほどんどの学生は学費は学生ローンでやりくりしています。専門医の道を目指したくても、研修医の安いお給料で学生ローンを返せない、という理由で新卒で一般病院に勤める人も少なくありません。
次の進路に進むのに、成績が非常に重要だから
日本では、悪い学生がいても野放し、この学生があんなことしたんだって、と武勇伝のように語り継がれるだけです。成績はテストの点でしか判断されないからです。
しかしアメリカでは、クリニックでの学生の行いも評価され、成績に影響します。そして悪いことするとすぐに噂になります(武勇伝ではなく、本当に嫌な噂です)。
成績は学生の行いから知識レベルを総合して反映する指標になるめ、就職活動や専門医になるためにもすごく重要です。
もちろん、悪い評判はすぐに広がるので、学生は常に真面目で常に一生懸命です。それが、獣医大学病院を効率よく回すための重要なポイントにもなっていると思います。
いやいやクリニックで働かされる、というよりは、皆喜んで仕事を率先的にするようになります。学生同士も助けあって、職場も明るくなり二重効果です。
まとめ
- アメリカの獣医学生は、クリニックで実践的なことが学べる
- 学生のうちから専門医のもとで症例について学べる
- 学生は喜んでよく働き、職場は常に明るい