この記事の内容
前編・問診から催吐処置まで
- 催吐処置までの流れ
- 何を問診するか
- リサーチ
- 患者さんが来たときのABC
- 吐かせる?胃洗浄?
後編・催吐後
- 血液検査する?しない?
- 診断・治療の流れ
- 入院させる?させない?
- 特異的な治療
- 再診?
- まとめ
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。この記事では、誤食を主訴に来院した患者さんに対するアプローチを解説していきます。
様々な中毒物質があり、誤食物によって治療方法は異なります。この記事では、中毒患者への基本的なアプローチ方法を説明していきます。
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催吐処置までの流れ
まずは情報をしっかり整理しましょう。すべては情報収集から始まります。
情報収集の後に患者さんの状態を確認します。いますぐに治療介入が必要な危険な状態なのか、催吐処置をするべきなのか、もしくは催吐をするべきではないのかと判断します。
催吐が必要/安全に催吐が可能だと判断された場合は速やかに飼い主さんに催吐のリスクを伝えた上で処置に進みます。
そしてプランニングに移ります。今回の記事「前編」では、プランニングの前までを説明していきます。
何を問診するべきか
患者さんに関する情報
まずは患者さんの情報を整理しましょう。最低、上記の項目は把握しましょう。
なぜこれらの情報収集が重要なのかを上から解説していきます。
シグナルメント
シグナルメントとは、年齢、性別、犬種/猫種のことです。なぜ重要かというと、若齢の患者さん、ボーダーコリーなどのMDR遺伝子の変異のある可能性の犬種の場合、毒物への感受性が異なるためです。
同居犬
多頭飼いで、一頭が何らかの症状を示して、飼い主さんが病院から帰ったら他の犬も同様の症状が出ていた、といった話をよく耳にします。必ず、同居犬がいるか、中毒物質に暴露された可能性があるかを確認するようにしてください。
室内飼い/屋外飼い
自由に外に行ける環境がある場合、より様々な可能性を考慮しなくてはいけなくなります。庭のコンポストや植物、マッシュルームの誤食など、中毒物質を探しあてるのがより難しくなります。
基礎疾患/投薬歴
元々、肝不全、腎不全を患っている場合、健康な犬猫に比べ、中毒症状がより重度に、長期にわたる可能性があります。
また、もともとステロイドを投薬しているペットが、NSAIDの誤食をしたらどうでしょうか。腸穿孔などのリスクは高くなります。
これらの情報をしっかりと把握することが非常に重要になります。
ヒストリーに関する質問
- いつ食べた?
- 何を食べた?
- どのくらいの量食べた?
- 症状は?
いつ食べた?
薬が体内で代謝されるまでにどれくらいの時間がかかるでしょうか?いつまでモニターする必要があるでしょうか?
薬物が定常状態に戻るまでには、半減期の4-5倍の時間かかるといわれています。例えば半減期が6時間の薬を誤食した場合、完全に代謝されるまでに24-30時間かかるということになります。
ここで注意が必要なのは、半減期はあくまで薬を推奨用量使用した時の期間です。よって、この薬を大量に誤飲した場合、24-30時間後に完全に代謝されているとは限らず、「24-30時間以上はかかる」と考える方が適切です。
何を食べた?
同じチョコレートでも、ミルクチョコレートなのかダークチョコレートなのか、カカオがどのくらい入っているのか。同じガムでもキシリトールがどのくらい含有されているガムなのか。殺鼠剤でも、第何世代のものなのか。
これらの違いが治療プランを建てるのに非常に重要になります。成分をできるだけ詳しく聞き出しましょう。食べ物であれば、オーナーさんに成分表の載ったパッケージを持参してもらうことが大きな助けとなります。
どのくらい食べた?
食べた量も重要です。チョコレートチップの入ったパン一口食べたのか、板チョコ一枚食べたのか、では話が変わってきます。どのくらい食べたかもしっかり明確にしましょう。
LD50とは、50%のラットを死亡させるのに必要な量のことです。犬や猫にそのまま当てはめることはできませんが、1/10×LD50以上の誤食した場合、問題になることが多いです。
例えば、LD50が100mg/kgの薬物Aがあったとします。ラットにこの薬Aを100 mg/kg与えたら半分死亡します。ペットが、10mg/kgのAを誤食したと聞いたら、我々は慎重な判断が必要になるということです。
リサーチ
食べたものと成分、量を把握したらその物質がどのくらい危険なものなのかをリサーチすることが重要です。すべての中毒物質や中毒量を記憶しておく必要はありません。さっと調べられる教科書などがあると便利です。
以下の点をリサーチします。このリサーチに時間がかかる場合は、患者さんを評価し、催吐処置をした後に調べましょう。催吐は時間との戦いになるので、素早い判断が重要です。
これに加え、誤食から何時間後にどんな症状/臓器障害が出るか、という時間軸も非常に重要です。
私のおすすめの毒性の教科書は、Small Animal Toxicologyです。私はパソコンのデスクトップに設定していつでもすぐに開けるようにしています。
前者のFive-minute Veterinary Consult Clinical Companionは重要な情報がコンパクトにまとまっていて即座に調べたい時に最適です。
後者のPeterson/Talcottは情報量が多く、しっかり学びたい方におすすめです。
患者さんが来たときのABC
中毒患者に限らず、重症患者さんのトリアージはABCから始まります。まずは毒物による嘔吐物によって、気道が閉塞されていないかを確認します。次に、呼吸は正常にしているか、心血管系は安定しているか(心拍数、脈、血圧、CRTなど)をチェックし、異常があればAから順番に対処していきます。
中毒患者では、神経症状を示す可能性が高いです。もしも患者さんが歩行可能な状態できても、神経系のベースラインを評価しておくことは重要です。
元々運動失調があったのか、毒物のせいで運動失調が始まったのか、オーナーさんに確認すればわかることもありますが、最初の身体検査でしっかりとチェックしましょう。
嘔吐や下痢による激しい電解質異常、及び体液量の減少が起こっていないかを確認します。この結果によって、入院vs外来にするかの判断が左右されるところだと思います。
吐かせる?胃洗浄?
- 誤食から2時間以内なら催吐を考慮
- 12時間後でも嘔吐させる場合がある
- 吐かせても安全かどうか考える
- 胃洗浄のメリットデメリット
誤食から2時間以内であれば、まだ中毒物質が胃内で止まっている可能性が高いです。素早い判断で催吐を成功させましょう。
ただし、キシリトール中毒など、症状が1時間以内に出る場合は注意が必要です。低血糖で安定していない患者さんに対して催吐処置をすると危険なので、状況に応じた判断が必要です。
催吐させるのは安全かどうか考える
チョコレートやグレープなど、誤食から12時間経過していてもまだ胃内に残っている可能性があります。何時に食べたかわからない、という場合、患者さんが催吐を安全に行えるようであれば、催吐させることは合理的だと思います。
運動失調があったとしても、患者さんが自力で立てているのであれば、比較的催吐は安全に行えます。一方、意識レベルが低下して、正常な嚥下ができない患者さんに対しては催吐させるべきではありません。
また、すでに吐いているのにもかかわらず、さらに催吐薬をいれる必要もありません。催吐は常に誤嚥のリスクがあるということを忘れないようにしましょう。
催吐処置
吐かせるリスクを評価した上で処置に進みます。以下のように、誤食物によっては吐かせない方がいいこともあるので注意しましょう。食道炎のリスクの方が大きいことがあります。
- バッテリー
- 洗剤(食器洗い機の洗剤など)
実際に催吐処置を行う場合は、必ずオーナーさんに催吐に伴うリスクを説明しましょう。
催吐処置に用いられる薬物は以下になります。
- 犬:アポモルヒネ(静脈投与)、トラネキサム酸(静脈投与)
- 猫:デクスメデトミジン(筋肉投与)、ヒドロモルヒネ(皮下投与)
近年では(2021年)犬に催吐効果が期待される点眼液、ロピニロールが普及しています。
胃洗浄のメリットデメリット
胃洗浄のメリットは、胃のなかに残留した中毒物質が腸から吸収される前に取り除けるという点です。デメリットは誤嚥、及びコストです。
胃洗浄を考慮するポイントは以下になります。
- 催吐が成功しなかった場合
- 嚥下できないためにチャコールを投与できない場合、チャコールを投与
- 大量の中毒物質を食べた場合
- 胃内に貯留してゆっくりと吸収される可能性のある毒物
私が所属する大学病院では、誤食が原因で胃洗浄が必要だと判断されるケースは非常に稀です。
しかし、誤食物によっては、胃内に長時間貯留し、ゆっくりと吸収されていく場合があります。例として、metaldehydeというナメクジ駆除剤による中毒があります。青いゼリー状の物質で、筋痙攣を引き起こします。この中毒の場合、全身麻酔下で胃洗浄に加え、浣腸をすることで中毒物質をできる限り体内から取り除くことが有用です。
胃洗浄は、誤嚥を防ぐために必ず気管挿管、全身麻酔下で行います。胃洗浄の方法に関する動画は以下になります。
催吐処置が終わった段階で、時間との勝負はひとまず終了となります。ここからは、中毒物質をリサーチして、どのような診断、治療計画が必要になってくるかをしっかり考える必要があります。長くなったので、ここまでで前編を終了とし、次の後編に続きます。
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