はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、新人獣医さんに向けて、呼吸困難の症例がきた時の診断までの思考プロセスをご紹介します。このプロセスをしっかりと理解し、鑑別疾患を上げて順序立てて診断を組み立てて行く事で、呼吸困難患者さんに向き合うのが怖くなくなります。
①では前置きです。なぜ診察の際に「ちゃんと考える事が大事か」を強調します。アメリカのトレーニングで学んだ事や経験を盛り込みますので、①-④まで最後までご覧ください。
呼吸困難患者さんの診察のゴール
呼吸困難総論の最初の記事なので、最初に獣医師の仕事としてのゴールについて書きます。
私たちのゴールは、3つです。
- 呼吸困難の原因に応じて患者さんを安定化
- 呼吸困難の原因疾患を究明
- 原因疾患を治療
アメリカの救急集中治療科の役割は、主に①になります。そして②と③は内科が専門とする領域になります。
全ての呼吸困難は、11つのカテゴリーに分類する事ができます。①は、呼吸困難の原因をこの11のカテゴリーのどれにあたるのかを即座に判断し、それに応じた安定化を行うという工程になります。
診断までの段階的な思考プロセスの重要性
アメリカでは、とにかく段階的な思考プロセスを重視します。正直、現在私がやっていることは、数年前とそう変わりません。治療方法も大きく異なることはないかもしれません。
しかし、なぜこの検査をするのか、なぜ鑑別診断にこの病気が含まれるのか、というしっかりとした理由を持つことで普段の診察の自信につながります。オーナーさんへのインフォームの仕方も変わります。さらに、例えば専門の先生に症例を送らなければいけなくなったとき、論理的な根拠に基づいて治療されていれば、引継ぎもスムーズに行うことができます。
例えば、呼吸が悪い患者さんが来院したときを想像してみてください。
私が日本で臨床獣医師を行なっていたとき、
- 呼吸が悪い
- 鎮静剤で興奮を落ち着かせる
- 酸素室で休ませる
- 少し落ち着いたら身体検査、レントゲンを取る
- 総合的に考えて、可能性の高い病気に対する治療を行う
ということを流れ作業のように行っていました。
アメリカでの経験を経た今、実際やることが大きく異なるわけではありませんが、頭の中の思考プロセスは大きく変わりました。
ここで私が考えるようになったこととは、
- 呼吸が悪い: どんな呼吸をしているか、じっくりみてみよう。
- スターターやストライダーは聴こえる?
- 頻呼吸? 浅速呼吸?
- 努力呼吸? 吸気努力?呼気努力?腹式呼吸?
- 身体検査: 診断の手がかりを見落としなく探そう。
- 呼吸以外の大きな問題はないか?
- どんな聴診上の異常があるか?
- 心雑音はある?
- ウィーズ、ロンカイ、クラックルは聴こえる?
- その異常音はどこから聴こえる?そしていつ聴こえる?
- 鑑別診断を考える: 11つの呼吸困難のカテゴリーから、さらに具体的な疾患の可能性を考えてみよう。
- 呼吸様式、身体検査から、11つのカテゴリーのどれに当てはまるか?
- そのカテゴリーの中にはどんな病気が含まれるか?
- 患者さんのシグナルメント(年齢や犬種)と総合的に判断して可能性の高い病気は?
- その病気を診断するために行うべき検査とは?
この様な思考を行う事で、検査に進む前に、ある程度鑑別診断が絞れている状態にあります。この情報を持った上で、飼い主さんにインフォームをし、さらなる検査に進むことになります。
レントゲンを撮る前にできることとは
アメリカの大学病院では、画像科の専門医がレントゲンを読むため、コストが高く($150以上:約2万円)、質の高い画像の撮影が必須になります。さらに、施設が大きいためレントゲンの部屋に連れていくのに2-3分、さらにペットをラテラルにして、と患者さんに大きなストレスがかかります。
これらの理由で、レントゲンを撮る際には、
- 患者さんがある程度安定している
- 飼い主さんのコスト面の了承
- 飼い主さんのリスク面の了承
が必須条件になります。
このようにレントゲンのハードルが非常に高いとなると、レントゲンをとる前にある程度「病気のあたりをつける」必要があります。アメリカでは、レントゲンが取れないほど状況が悪い患者さんでは、レントゲンを取らずに試験的な治療を開始することもあります。
この「病気のあたりをつける」という力は、レントゲンが簡単に取れる日本の環境でも大きく活かされると信じています。なぜこの検査をするのか、なぜ鑑別診断にこの病気が含まれるのか、というしっかりとした理由を持つことで普段の診察の自信につながるからです。
この力を養うには、段階的な思考プロセスが非常に重要になってきます。レントゲンを撮る前の身体検査などで鑑別診断3つくらいまでに絞って試験的な治療で状態を安定させてからレントゲンなどの検査に進むといったステップになります。
鑑別診断を立てるのに必要な情報リスト
単純で当たり前のように見えますが、このプロセスで鑑別診断を立てるには、
- 呼吸様式
- 呼吸音
- 肺音
- 心音
- 身体検査
を正しく評価する必要があります。そのためには、以下の質問に答えられる必要があります。
- 呼吸努力かどうかはどうやったらわかるの?
- 吸気努力か呼気努力かはどう判断するの?
- スターター?ストライダー?って何???どんな音??
- 呼吸以外の大きな問題って例えば何?
- 聴診ってどうやるの?
- 心雑音ってどんな音?
- ウィーズ?ロンカイ??クラックル?!って何??どんな音??
- いつ聴こえるって何??
- 11このカテゴリーってどれ?
実際、これらを知らずにでも同じ治療を選択することはできます。しかしこれらのプロセスをしっかりと組み立てながら診察にあたる事で、自分が何をしているか、どうしてこの検査を飼い主さんに勧めているかが明確になるため、診察の質が上がることはまちがいありません。
これらは、決して恥ずかしい疑問ではありません。私は、大学の授業で病気の患者さんに触れる機会はありませんでした。本物の患者さんを触ったこともなく、教科書からこれらを学ぶことは不可能だと思います。
臨床現場にでた今、これらをしっかりと身につけていく事が重要です。
犬・猫の頻呼吸②-④では、これらの疑問に答えられるように一つ一つ解説していきます。まずはこれらの主軸を学んだ上で、一つ一つの病気にフォーカスを当てて勉強して行くことで大きな成長につながります。
まとめ
- 診断までの段階的思考プロセスを経ることで、診察の自信やオーナーさんへのインフォームの向上につながる
- レントゲンなどの検査に進む前に鑑別診断をたて、可能性の高い病気3つ、あたりをつけましょう
- 鑑別診断を建てるのに必要な情報は何かを知りましょう
- この「必要な情報」を収集するためのスキル/知識は、犬・猫の頻呼吸②から先で説明していきます