この記事の内容
- 深部痛覚消失が意味することは
- 深部痛覚消失が見られた症例を前にしたとき心がけること
- インフォーム
- まとめ
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。
深部痛覚の消失は超重要な神経学的検査所見です。予後、QOL、治療方針、治療費、など様々なことを考慮し、飼い主さんとディスカッションをした上で、治療方針を決定する必要があります。
この記事では、深部痛覚の消失した患者さんを診る時のキーとなるポイントをご紹介していきます。
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深部痛覚消失が意味することは
アメリカの動物病院では、Quality of Lifeという言葉が非常によく用いられます。アメリカ人の中でも人によって意見はそれぞれですが、一生後肢が動かない、改善の見込みがない、車椅子の生活、頻繁な排尿排便管理が必要になる=「安楽死を考慮するタイミング」と捉える方々をたくさん見てきました。
安楽死に対する考えに「正解」はありません。文化の違い、考え方の違い、だけでなく、動物病院の医療費の影響も大きいことは間違いありません。
私が働く病院を例に、IVDDが原因で深部痛覚消失が見られた時の流れをご紹介します。
尚、表示価格につきましては、目安になりますので、かかりつけさんにご確認ください。
- 後肢麻痺の患者さんがERに来院(admission fee = $170)
- 神経科のコンサルテーションを受ける(consultation fee = $75)
- 深部痛覚の消失、IVDDが疑われた:24時間以内の手術で運動機能が回復する可能性50%
- MRIが推奨される(MRI +/- CSF tapを足した合計 = $2500-3500)
- MRIでIVDDと診断され、手術に至る(surgeryを足した合計=$5000-7000)
この様な場合、飼い主さんは、運動機能が改善する見込みが手術をしても50:50であるという厳しい現実を突きつけられます。手術をしなかった場合、運動機能改善の見込みは10%以下です。運動機能が改善しなかった場合、どういったケアが必要なのかが説明されます。
IVDDの診断にはMRIもしくは造影CT検査が必要になります。私が働く大学病院では、手術を考慮している場合は、IVDD以外の病気を見逃さないために、MRI検査が主流です。
診断がIVDDであれば手術で運動機能回復の見込みがありますが、IVDDでなかった場合、例えば腫瘍や炎症の時、深部痛覚が消失するほど重度な脊髄損傷と考えると運動機能回復の見込み、予後はIVDDよりも悪くなることが告げられます。
最後に、費用の話で、診断に2500-3500ドル(25-35万円)、手術をしたらトータル5000-7000ドル(50-70万円)と説明されます。
これだけ様々な要素(予後、手術までの時間、QOL、費用)が絡み合うことで、手術に進むか、緩和治療を行うか、安楽死か、という単純そうに見える3つの選択が非常に難しくなるのです。
そして、「本当に深部痛覚は消失しているのか」「シグナルメント、ヒストリーから、本当にIVDDが最も疑われるのか」といった一つ一つの情報が非常に重要になるのです。
深部痛覚消失が見られた症例を前にしたとき心がけること
ここまでで説明してきた通り、「深部痛覚消失」は非常に重要な意味があります。「深部痛覚消失」と判断され大学病院に送られてきた患者さんで、実は深部痛覚消失していなかったパターン(もしくは脚がしっかり動いていたケース)というのもよく見受けられます。
的確な診断、飼い主さんへのインフォーム、素早い判断が重要になります。
- 的確な診断:もしも深部痛覚が消失しているかわからない場合、誰かに一緒に確認してもらう。定かではない場合、神経科に送る。
- 飼い主さんへのインフォーム:予後、QOL、診断及び手術にかかる費用の説明
- 素早い判断:いつ診断、手術に進むのか。いつ神経科に送るか。
深部痛覚が消失しているかしていないかの判断が難しいことがあります。引っ込め反射と間違えやすい時もあるので、誤った判断をするよりは「経験のある人に確認してもらう」ことをお勧めします。
深部痛覚が消失していた場合、すでに脊髄の深部に至るダメージが生じています。すぐに解除してあげないと、四肢や膀胱、肛門麻痺が不可逆的になる可能性が高く、時間との勝負になります。
自分の病院で手術ができる場合は手術の計画を建てる、紹介するのであれば紹介状と血液検査やレントゲン検査などのデータを速やかに紹介病院に送る、といった事務的な作業も重要です。
インフォーム
インフォームのポイントは、今までにでも出てきた内容とかぶるところもありますが、
- 神経検査結果の説明
- 鑑別診断、最も可能性の高い病気
- 診断に必要な検査(CT造影 or MRI+/-CSF tap)
- 他の病気である可能性(手術適応でない可能性)
- 予後、予測されるQOL
- 治療方法、見積もり
になります。ここでミスコミュニケーションが生じると、どう転んでもいい結果になりません。飼い主さんに現状を理解してもらうこと、どんな選択肢があり、それぞれどんな結果を招く可能性があるかを説明して、飼い主さんの意向を確認することが重要になります。
私は、インフォームの仕方を日本でしっかりと教わった経験がありませんでした。インフォームの仕方を教わるものだとも思っていませんでしたので、自分からどうインフォームしたらいいですか?という質問をしたことがありませんでした。
私はアメリカで、「この場合はこういう風に飼い主さんに伝えなさい」と1対1の指導をしてくれる先生と出会い初めて「インフォームってこういうことなのか」と理解することができました。
臨床獣医師をしているかぎり、飼い主さんとのコミュニケーションは切っても切れない上に、飼い主さんの満足度に直結します。そしてうまくいかないと、獣医師のストレスとも直結します。どうインフォームしていいかわからないことは恥ずかしいことではありません。不安がある時は経験のある先生の助けを求めましょう。
まとめ
- 深部痛覚消失は非常に重要な所見
- 神経検査、素早い判断、的確なインフォームがキー
- 予後、QOL、治療方針、治療費用全てを網羅したインフォームが重要
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