はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、低酸素血症を示す患者さんに、適切な酸素供給方法を選択するために必要な知識をご紹介します。救急集中治療の現場では、多くの患者さんに酸素投与が適応されます。この記事を読めば、患者さんの状態にあわせて酸素供給方法を選択できるようになります。
酸素化の方法9つ
9つといいましたが、特別な機械がないとできない場合、適応ではない場合もあります。大切なのは、自分が所属する病院でどんなオプションがあるかを知っておくということです。また、病態によって最適な酸素供給方も異なるのでどんな適応ができるかについても説明していきます。
- フローバイ
- 酸素マスク
- 酸素フード
- 酸素ケージ
- 鼻喉頭チューブ
- 鼻気管チューブ
- 高流量酸素供給(ハイフロー)
- 人工換気(メカニカルベンチレーション)
- 気管切開チューブ
フローバイ
レベル1だと思ってください。呼吸異常の患者さんがきた時に最も素早く簡単にできる酸素供給法になります。口ではなく鼻もとにチューブを近づけましょう。
この方法では、酸素濃度はせいぜい25-40%にしか到達しません。そして、違和感から顔を背けられたりすると肺に到達する酸素濃度は非常に低くなってしまいます。
適応としては、患者さんのトリアージをしながら酸素を供給していたい場合になります。長時間の酸素供給の選択肢にはなりません。
顔を背ける、逆に興奮する、呼吸や舌の色が改善しない場合はすぐに次のステップに進みましょう。
酸素マスク
酸素マスクは酸素濃度50-60%供給できると言われています。この方法も、ストレスになることが多く、口元の当てられるのを嫌がる患者さんは珍しくありません。素早く検査を済ませたら速やかに次のステップに進みましょう。
患者さんが横臥状態で、何らかの理由で酸素室に入れたくない場合、この方法を使用することもあります。常に酸素を出している状態なので、酸素消費量は酸素室よりも大きくなります。
マスクを鼻と口に当てる際、皮膚とマスクの隙間を埋めるためののダイアフラムがありますが、二酸化炭素をある程度逃す必要があるため長時間の管理の際は使わないようにします。
酸素フード
この方法は、エリザベスカラーにサランラップなどで下2/3を覆い、酸素をカラー内に供給するといった、カラーの中を酸素室のような状態にするといったものです。上1/3を開放するのは、カラー内に二酸化炭素がたまらないようにするためです。
酸素マスクがストレスになる場合はこの方法に切り替えることが可能です。人が押さえていなくていいので便利ですが、酸素濃度は30-40%と、あまり高濃度の酸素を供給することはできません。
酸素室に入りきれない大型犬への酸素供給に適応されます。ここまでの方法3つでは、供給している酸素量がわかりません。患者さんの呼吸数や呼吸様式によっても異なります。
酸素室
最もストレスや侵襲少なく、酸素を効率的に与えられる方法です。万が一患者さんが、興奮×低酸素である場合は少し鎮静をかけてあげて酸素室の中で休ませてあげましょう。もしも酸素室の中でも呼吸が非常に悪い場合は、何らかの治療薬を開始する、待てない場合は次のステップに移ることになります。
酸素室に入れるかをためらう状況としては、上部気道閉塞で低酸素血症になっている患者さんです。酸素室内から音が漏れにくくなっているので、上部気道閉塞音がなかなか確認できな事が欠点です。
上部気道閉塞が悪化する可能性がある場合は、酸素マスクやフードを用いて、通常のケージを利用するという選択肢もあります。
鼻喉頭チューブ
酸素室に入れないような大型犬に適応される鼻喉頭チューブです。この方法では、片側から最高100ml/kg/minの流速で酸素を供給できます。つまり、10kgの犬であれば1l/minでの酸素が送れます。
なぜ流速に限界があるかというと、高流速の酸素が患者さんに違和感を与えることになるためです。送り込んでいる酸素は流速が大きくなるほど、鼻への刺激が強くなります。酸素の供給を増やしたい場合は、両側にチューブを挿入し、片側100ml/kg/minの流速で酸素を供給することで左右のトータル2l/minを送り込むことができます。
ここで注意するべきことは、実際に肺へ到達する酸素濃度は患者さんの換気量によって左右されるということです。
換気量が多いほど、ルームエアーが供給される酸素に混ざり込むため、肺へ到達する酸素濃度は低くなります。換気量を決定する因子は、一回換気量(1回に吸う空気の体積)と呼吸数で決まります。
よって、この流速を送れば、いくらの酸素濃度を送り込めるかというのは簡単に計算できるものではありません。患者さんが許容できる範囲で、そして低酸素にならない流速を見つけることが重要です。
もしもこの方法で低酸素が改善されない場合は次のステップにいきましょう。
この酸素供給方法が禁忌となるのは、凝固異常がある場合です。鼻出血が止まらなくなる可能性もあるため、血小板が重度に減少している場合や、凝固不全がある事がわかっている場合は使用を避けます。
鼻気管チューブ
鼻気管チューブは、上部気道(喉頭よりも吻側)に何らかの閉塞疾患がある場合に用いられます。例えば、軟口蓋過長症がある場合、鼻喉頭チューブでは閉塞部をバイパスする事ができませんが、気管に投げ込む事で酸素を供給する事ができます。
ある論文では、短頭種気道症候群の手術後(麻酔から覚醒させる直前)、術後管理のためにこのチューブを入れることで、術後深刻な合併症が防げたという報告があります。
設置する際は深めの鎮静が必要になります。初めは鼻喉頭チューブの設置と同じですが、口からチューブを喉頭、気管へ鉗子を用いて通していきます。
こちらも鼻喉頭チューブ同様、鼻出血の心配がある場合は禁忌となります。
高流量酸素供給(ハイフロー)
この機械は、大きな施設にしかないかもしれません。
上記の酸素供給方法と大きく異なるのは、酸素を加湿、加温し高流量で送気するため、100%の酸素を送れる点です。
また、鼻への刺激がなく、高流量の送気によって、PEEPの効果もあると言われています。
適応としては、酸素室(-60%)の酸素供給では不十分で人工換気に進む一歩手前のステップ。肺が潰れてしまうことで換気量が減っている場合など、PEEPをかけてあげることで肺を膨らませた状態を保つことができます。
深い鎮静や全身麻酔が必要なく、患者さんは自発呼吸を維持します。人工換気と違い、1対1でつきっきりの看護が必要ありません。患者さんはこの状態で歩くことや食べることもできます。
自発呼吸が維持されている必要があるため、神経疾患(頸部脊髄の損傷や神経筋接合部の病気)、や中毒などで、換気に問題がある場合は使用できません。この場合は、人工換気が必要になります。
人工換気(メカニカルベンチレーション)
この手段は上部気道閉塞を除く、呼吸不全の患者さんの最後の手段といえる酸素化の方法になります。人工換気にすることで100%の空気を送れ、PEEPをかけることができます。
換気および、酸素化のどちらに問題がある場合も使用できます。
患者さんは挿管された状態で動いたりすることができないので、深い鎮静や麻酔が必要になり、1対1の徹底的な看護が必要になります。合併症も多く出うる方法なので、酸素供給の最後の手段です。
気管切開チューブ
気管切開チューブは、上部気道閉塞の最後の手段といえます。なぜなら、この方法も侵襲性が非常に高く、チューブに痰が詰まったら窒息してしまうので徹底した看護が必要になるからです。
気管切開チューブの設置は、上部気道閉塞の患者さんで、深い鎮静、フローバイ、酸素室に入れても改善しない場合、もしくは、挿管した後に抜管できなくなる場合に設置が考慮されます。(喉頭の腫脹などで上部気道閉塞が悪化する事があるため)
もしくは、上部気道閉塞が重度で挿管できない場合にも、緊急的に行われる処置になります。
肺機能に問題がない場合は、自発呼吸を残してルームエアーで維持できる場合もあります。もしも酸素供給が必要な場合は、深い鎮静をかけた上で、気管切開チューブにフローバイの酸素を供給することもできます。
もしも肺疾患が併存している場合、気管切開チューブにカフがついているものがあり、このチューブから人工呼吸を行う事もできます。
まとめ
この記事では、様々な酸素の供給方法とその適応不適応についてご紹介しました。どのタイミングで酸素供給方法を変更する必要があるか、こちらの記事もあわせてご覧ください。