はじめに
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、2023年現在アメリカの大学で獣医救急集中治療(ECC)専門医になるためのレジデントをしています。
この記事では、新人獣医さんに向けて、呼吸困難の症例がきた時の診断までの思考プロセスをご紹介します。このプロセスをしっかりと理解し、鑑別疾患を上げて順序立てて診断を組み立てて行く事で、呼吸困難患者さんに向き合うのが怖くなくなります。
記事③では、呼吸困難の症例が来た時に11のどれに当てはまるか、レントゲンなどの検査を行う前に予測をつけるためのツールについてお話ししました。本記事、④では聴診のポイントをご紹介します。
アメリカのトレーニングで学んだ事や経験を盛り込みますので、①-④まで最後までご覧ください。
聴診する際の注意点
聴診は、静かなところで行いましょう。すごく当たり前なことに聞こえるかもしれませんが、重要なことです。学生が酸素室の中で聴診をして、肺音がよく聞こえない、と相談してくることがよくあります。酸素室は、スイッチがオンになっていると実は非常にうるさいのです。心音はかろうじで聞こえるかもしれませんが、わずかな肺音の異常を聞き逃す可能性は十分にあります。
一時的にでもいいので、酸素室のスイッチをオフにして、静かな環境にしましょう。
また、外の雑音によっても大きな影響を受けます。近くでおしゃべりされているだけで、聞こえなくなることはよくあります。聴診のために環境を作る努力をするようにしてください。
また、いくら静かな環境を作れたとしても、患者さんのコンディションによって肺音をうまく評価できないこともあります。例えば、上部気道閉塞音が非常に大きい。気道に分泌物が貯留している場合などです。聞き取れないことは決して恥ずかしいことではありません。しっかりとカルテに「上部気道閉塞音により評価困難」という記載をすることが重要です。
患者さんがパンティングをしている時に特に、心音と肺音が聞き分けづらいことがあります。パンティングを心音と捉えて心雑音がある、と誤って評価されていることもあります。騙されないように、心音を探す、肺音を探す、と意識するようにしてください。
聴診のポイント
聴診のゴールは、異常音がどこから鳴っているかを聞き分け、鑑別診断をなるべく絞ることになります。
まず初めに、聴診器に手を伸ばす前に聞こえてくる音に着目してみましょう。聴診器なしでも聞こえる音は、上部気道閉塞音で、鼻から頸部気管が原因でなっている音の可能性が高いです。
次に、聴診器を用いて聴診していきます。まずは、「どんな音を探すべきか」知っておきましょう。(YouTubeで実際に探す音をこの後紹介します)漠然と聴診していても、どれが重要な音か分からなければ、鑑別診断を絞ることができません。
簡単にいうと、空気が通る異常な音が聞こえるか、プチプチと弾ける音が聞こえるか、が重要になります。そして、どこでその音が大きいかを評価していきます。
聞こえた異常呼吸音を、少なくとも以下の5パターンに分類できるようになりましょう。正確にはさらに細かく分類されることもありますが、最低でもこの5つに分類できることが重要です。
聴診音5パターン
- スターター
- ストライダー
- ウィーズ
- ロンカイ
- クラックル
これらの明確な音を聞き分けるのは難しい事もあります。しかし、異常に気がつけるかという事が重要です。
アメリカでは、看護師さんがICU患者さんの聴診をして、異常があれば獣医師に伝えます。ベテランの看護師さんは、聴診に慣れているので、異常にいち早く気がつき知らせてくれるため、非常に助かります。
聴診器なしでも聞こえる異常音
- スターター
- ストライダー
主に吸気時に聞こえる音ですが、呼気時に聞こえることもあります。
スターターとは、口を閉じているときに聞こえる、鼻の閉塞音です。ストライダーとは、口を開けている時に聞こえるガーガー音です。
これらの音が聞こえた時には、異常音の源は以下を疑うことができます。
聴診器で空気が通る音が聴こえる
- ウィーズ
- ロンカイ
実際の動画を元に聞いてみてください。患者さんを前にしたら、この音を集中して探すようにしてください。
気管支が何らかの理由で狭くなると、肺胞から気管までの空気の通り道において、呼気時に音が出ます。高い音をウィーズ、低くガラガラと分泌物が気管支に粘着しているような音をロンカイと言います。
ウィーズが聞こえる病態は、気管支に炎症が生じて気道が狭くなる場合です。犬で多いのは、慢性気管支炎、猫に多いのは猫喘息です。
ロンカイが聴こえるのは、痰や気道粘液物質の貯留によって気管支が狭くなった時です。痰の産生が亢進するような病態、肺炎や気道粘液分泌が増加する病態で生じる音です。咳による喀痰やサクション吸引によって雑音がなくなります。
聴診でプチプチした音が聴こえる
- ファインクラックル
- コースクラックル
それでは実際に聞いてみましょう。ファインクラックルは、紙風船が開く音をイメージして聞いてもらうと覚えやすいと思います。コースクラックルは、バブルが弾ける音です。
ファインクラックルが聞こえるのは、間質性肺炎や肺繊維症と言った、ドライな肺病変です。コースクラックルは、肺水腫のようなウェットなイメージの肺病変になります。
この二つを実際の臨床現場で聞き分けることは難しいと思います。もし明確に聞き分けられたとしても、治療の前にはその裏付けをとるようなさらなる検査が必要になるので、分からない時はねばって患者さんにストレスを与える必要はないので、単純に「クラックル」という記載をしましょう。
まとめ
- 聴診する時は静かな部屋で集中して行う
- それぞれの異常肺音を聴き慣れ、これらの音を探すように聴診しましょう
- 聴診のゴールは、どこからの異常音かを聞き分け、鑑別診断を絞ること
- 呼吸様式、異常呼吸音、異常肺音を言葉で表現できるようにしましょう