この記事の内容
著者は、日本の獣医大学を卒業後、一般病院で3年間勤務した後、現在アメリカの大学で獣医研修医をしています。
ICU管理には、ドラマがあります。アメリカの獣医医療費は、日本に比べて莫大です。費用と、予後と、QOLのバランスを考えた計画が必要になります。安楽死に対する考え方も日本とは大きく異なります。
この記事では、印象深い患者さんやシチュエーションをただつらつらと日記のように書いていこうかなと思っています。アメリカってこんなことが起こるのか、というショッキングなことなどもご紹介できると思いますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。
なるべくためになる知識も盛り込んでいこうと思っています。別の記事のリンクも添付しますので、知識の確認にもご活用ください。
- 誤食症例がきたときの情報収集
- パン生地の毒性
- 初期対応、治療
- ECC、外科、飼い主さんのディスカッション
- 最終的な治療方針
- 結果
- まとめ
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誤食症例がきたときの情報収集
ERのシフトの際に、電話の問い合わせがありました。
「2歳のジャーマンシェパード2頭がパン生地を誤食した。部屋を離れていた隙に5カップのパン生地がなくなっていて、どっちがどれだけ食べたかはわからない。いますぐに連れて行きたい。1-2時間前に誤食したはず。そして今のところ臨床症状は出ていない」
とのことでした。ここからは誤食についての一般的なアプローチを踏まえて今回の症例についてご紹介していきたいと思います。誤食についてはこちらの記事で詳しく説明しています。
さて、初めて出会う誤食の症例がきたら、まずは情報収集が必要です。
情報の整理:以下の情報は最低集めるようにします。
パン生地に関しては、パン生地の中にレーズンなどさらに中毒物質が含まれていないかの確認。幸にも、私の患者さんが誤食したパンにはレーズンなどは含まれていないようでした。
そして何時間すでに発酵されていたかを確認します。この症例に関しては、5時間発酵されていた状態だったそうです。
また、最後の食事が何時だったかというのも重要な情報になります。すでに嘔吐があるかどうか。症状があるか、というのも、治療方針を決定する重要な手掛かりになります。
電話があったときに、症状はなく、最後の食事は昨晩でした。この情報から、まだ症状が出ていないので、催吐可能な可能性が高いことがわかります。そして、レントゲンを撮影した場合、写ってくるのはついさっき食べたパン生地のみであろうことも予測されます。もしもご飯を食べていた場合、中毒物質なのかご飯の残渣なのかの判断が難しくなります。
初めてパン生地の誤食の問い合わせがあっとき、正直私はググるところからのスタートでした。そもそそパン生地って中毒性があるの?というレベルでした。
私の大学には、毒性学で非常に有名な先生がいて、学生にとても人気です。学生はその先生の講義の内容を非常によく覚えています。
さすがだなーと思ったのですが、いい先生が教えたことは生徒の記憶にもちゃんと定着しているようで、学生が、パン生地は胃の中で膨らんでいろんな合併症が出るんだよ、と教えてくれました。それを聞いて慌てて毒性学の教科書とパブメドでリサーチを開始。
パン生地の毒性
どうやらパン生地の誤食には2つの大きな合併症が生じうるということがわかりました。パン生地が胃の中で膨らんで物理的な胃拡張、胃腸閉塞、GDVを引き起こすことが一つ。そして胃の中で発酵することでエタノール中毒を引き起こすことが二つ目です。
Small Animal Emergency and Critical Careなどのエマージェンシーの本にはあまり詳しい情報や治療法が載っていませんでした。私が使用した情報源は、5 min toxicologyと、ちょっと古いですが2003年のPoison controlがパブリッシュしたケースレポートです。
このケースレポートは、Poison Control(ペットの誤食を毒性学の専門の先生が電話相談をするサービス)から出されたものなので、ケースの細かい情報は載っていませんが、Discussionで一般的なパン生地誤食についての情報がよくまとまっていました。
初期対応
中毒の初期対応として食べたもの(毒性物質)が腸管から吸収される前に胃腸から出す(decontamination)。ということが基本になります。
患者さんの状況を確認、そして中毒物質の特製を調べることで、decontaminationのベストな方法を調べます。そして、誤食直後には血液検査に異常はでないはずですが、ベースラインとして、サンプルを採取しておくことは非常に重要です。
decontaminationの手段は以下の3つが挙げられます。
- 催吐
- 胃洗浄
- 外科的摘出
ここで、パン生地のdecontaminationには、注意が必要ということを学びました。粘着力の強いパン生地を催吐させることで、胃破裂、もしくは食道閉塞、誤嚥性肺炎のリスクが大きくなります。
本によっては注意して催吐させる、といっているものもあります。facultyに相談したところ、催吐はリスクが高いのでやめましょうということになりました。
胃洗浄に関しては、メリットデメリットを考慮する必要があります。
メリットとしては、直接パン生地が取り出されなかったとしても、発酵過程で生じるエタノールを浄化すること、そしてチャコールを投与することが可能です。そして外科手術による合併症も生じません。
デメリットとしては、そもそも、粘着力の強いパン生地を胃洗浄でどれだけ取り除けるのか?という大きな疑問があります。胃洗浄には全身麻酔が必要です。どうせ全身麻酔をかけるなら、外科的介入をして直接胃から取り除く方が確実ではないか?という疑問も湧きます。さらに、誤嚥性肺炎のリスクがあります。
外科手術に関しても同様にメリットデメリットがあります。
メリットはもちろん、最も確実にパン生地を取り出すことができるという点が一番です。中毒や閉塞、GDVなどの合併症を心配する必要もありません。
デメリットは、外科手術による合併症です。
もしもこの3つどれも選択されなかった場合は、内科治療(主にサポーティブケア)になります。うまくいけばいいですが、治療介入が遅れることで腸閉塞、胃拡張、GDVに発展し、結局悪いコンディションで手術を迫られる可能性もあります。
エタノール中毒を発症してしまった場合は取り返しがつかなくなる故可能性もあります。エタノール中毒による神経症状や呼吸器症状がでた際は、残念ながら予後不良と言われています。
ECC、外科、飼い主さんのディスカッション
ここで初期治療の選択肢としては、3択でした。
- 胃洗浄(麻酔下)
- 外科的摘出
- 内科管理
この患者さんが来院したのが夜の10時。レントゲンを撮り終わって、2頭のうち片方が大量に誤食していることが判明したのが夜の11時。
そこから飼い主さんとの治療方針の決定をしていきます。
飼い主さんは獣医学生の3年生。そして犬たちはどちらも保険に入っているので、高額な手術費用も許容できました。本当に犬にとってベストな治療をしてくれ、という方針でした。
ECCの立場からは、外科的摘出が最善の治療法だというレコメンデーションをしました。理由は単純です。手遅れになったら死んでしまう可能性がある状態だからです。ECCはたとえやり過ぎに見えても、死んでしまう可能性がある深刻なリスクを避けるためには労力を惜しみません。
一方、外科チームは簡単に、よし、深夜0時から切ろう!という風にはなりませんでした。手術の合併症のリスクも深刻になりうる、と飼い主さんに説明し、内科治療を勧めたのです。
正解はありません。どちらの選択にもメリットデメリットがあり、飼い主さんが理解した上で選択をするのであれば、尊重するべきでした。
最終決定
30分以上に及ぶ、3人のディスカッションによって、飼い主さんは外科手術に踏み切ることに決めたのです。さて、準備にかかろう!としたそのとき、外科のレジデントが飼い主さんともう一度話がしたい。と言って、2人で会話をし始めたのです。
ECCのチームはその話に参加することはできず、長い会話を終えた飼い主さんは完全に心変わりをして、内科治療でいきます。と自信満々に私に伝えました。
こんなのありか!?三人で話した結果、外科手術と決まっていたのに、、、外科介入をするべきだと思っていた私たちとしては、やり方が汚い、、、エタノール中毒で症状が出たら、、、閉塞したらどうするんだ、、、など様々な不安要素が頭をよぎります。
しかし、この答えは誰にもわからないのです。パン生地の誤食による中毒症状のレポートは非常に限られていて、何%くらいが症状を示すか、どのくらい閉塞しやすいのか、などのデータがないのです。3頭のケースレポートによると、神経症状として運動失調、失明、呼吸不全、そして低血糖などが見られたようです。
ECCチームはしぶしぶ、内科管理に移ります。モニター項目としては、神経症状、意識レベル、嘔吐、腹部膨満、バイタルの変化、グルコースです。治療としては、誤嚥性肺炎を防ぐため、セレニア、点滴、氷水を飲ませる(胃内の温度を低く保つことでパン生地の発酵を遅める)という点が挙げられます。チャコールに関しては、嘔吐のリスクがある場合は開始しない方が安全なのではないかと考えられました。
結果
朝にかけて、臨床症状は特に出ませんでした。
翌日の朝、レントゲンを再撮影することになりました。もしもこれでパン生地が動いていなければもう一度手術を勧めよう、と意気込んでいました。
結果はこの通り。
なんと胃にあった半分ほどのパン生地はすでに腸内に移動していました。そしてお昼には少量のパン生地が鞭の中から出てきました。
その後、患者さんは内科治療に反応して、元気に帰って行きました。
まとめ
この症例は、結果的に内科治療大成功症例でした。
この例を経験していたとしても、私はECCの立場から外科的な摘出を勧めると思います。なぜなら、治療介入が遅れることで患者さんが亡くなっしまうリスクがあるからです。
ECCはいろんな科とのコミュニケーションが必須になります。今回のようにたまには治療方針が一致しないこともあります。そんな中で最も大切なのは、すべてのリスクとベネフィットを説明して、自分たちが思うレコメンデーションを示し、そして最終的には飼い主さんに選んでもらうことではないかな。と感じた症例でした。
参考文献
- Small Animal Toxicology – Blackwell’s Five-Minute Veterinary Consult Clinical Companion.
- Charlotte Means, Bread dough toxicosis in dogs. J Vet Emerg Crit Care, 2003.
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