はじめに
気管虚脱とは
気管虚脱とは、その名の通り気管が虚脱することです。空気の通り道を確保するために、気管は喉頭から気管支を繋ぐパイプの役割をしています。そのパイプがなんらかの原因で潰れてしまい、空気が気管支まで送られにくくなる状態を気管虚脱と言います。
「百聞は一見にしかず」なので、まずは気管虚脱の症例の咳や呼吸をYouTubeで見てみましょう。
どれだけ気管がへしゃげているかでグレーディングされることがあります。以下の動画で実際にへしゃげた気管を中から見ることができます。
一度弾力を失った気管は、気管の性質が元に戻ることはありません。
気管虚脱患者さんの緊急事態とは
エマージェンシーとして、気管虚脱の患者さんが来院した時の想像をしてみましょう。
この疾患は慢性的に徐々に進行する疾患です。では、どんな状況で救急として駆け込んでくるのでしょうか。
- 上部気道閉塞によって低酸素になる
- パンティングによる蒸散ができず、熱中症になる
- 興奮してパンティングする事で喉頭が腫脹、上部気道閉塞が悪化
この様な状況では、上の動画の様に、患者さんも飼い主さんも落ち着いてはいられないはずですね、おそらく、呼吸数の増加(もしくは呼吸筋疲労により低下)、吸気努力、ガチョウの様な大きな呼吸音、低酸素によるチアノーゼ、体温の上昇が認められるはずです。
気管虚脱を疑う症例が緊急来院
この様な状況では、じっくりと鑑別リストを立てて、レントゲンをとって、としていられません。まずは患者さんが死んでしまわない様に、安定化に努めます。
どう安定化のプランを立てるかは、まずは気管虚脱である予測をつけなければいけません。もしも予測が見当違いであった場合、
“小型犬で心雑音が聞こえたから、フロセミどを投与して酸素室に入れて効果が出るのを待った”
という事が起こりかねません。普段からレントゲンに頼りきらず、視診や聴診で最大限の情報を得られる様になる事が重要です。
安定化
緊急症例をみるときに重要なことは、患者さんが急変して死んでしまうとしたらどんなシナリオが考えられるか、をイメージすることです。そのシナリオに備える事が、何よりも最優先事項になります。
気管虚脱の患者さんが急変して、死んでしまうとしたらどの様な状況があるでしょうか。
- 低酸素 –> 低酸素血症性ショック
- 低換気 –> 高炭酸血症–> 呼吸停止
- 呼吸筋の疲労 –>呼吸停止
- 熱中症
これらの事態はすでに起こっている可能性が高いです。そして、これら全てを助長するのが興奮です。まずは患者さんの呼吸を落ち着かせるために安全に用いられる鎮静剤(ブトルファノールなど)を使用し、酸素供給を行います。
アセプロマジンは低血圧の患者さんには禁忌です。患者さんに併せた鎮静剤の選択が重要です。気管挿管の準備をした上で、プロポフォールをゆっくりタイトレートすることも効果的です。
上部気道の炎症を引かせるために、抗炎症量のステロイド静脈注射も使用可能です。副作用には注意が必要です。
気管挿管が直ちに必要な状況
- 呼吸困難に加え頸部の伸展
- 気道閉塞による高体温
- チアノーゼ
- 虚脱
- 呼吸筋の疲労
気管挿管が必要になるのは、患者さんが限界を迎えている状態で、気道を確保しないと死んでしまう可能性が高い場合です。
瞬時の遅れが患者さんの命を左右します。一刻も早く、呼吸困難及び気道閉塞の悪循環を断ち切るために気管挿管を躊躇してはいけません。
①低酸素
低酸素に対しては酸素供給をします。酸素供給には様々な方法があります。フローバイによって酸素化が改善される場合はいいですが、それで酸素化が改善されない場合は、より侵襲的な酸素供給を行う必要があります。
酸素化についてはこちらの記事を併せてご覧ください。
②低換気
②に対しては、①同様、酸素投与によって緩和することもできますが、重度の場合は気管挿管が必要になります。自発呼吸がある場合は、気道を確保するだけでも換気が改善する可能性もありますが、高炭酸血症が重度の場合は、換気補助が必要になることもあります。
③呼吸筋の疲労
呼吸筋の疲労がある場合は、呼吸筋が回復するまで、気管挿管に加え人工換気が必要になります。気管チューブを長く設置するほど、上部気道の浮腫が悪化するため、呼吸筋が回復次第なるべく早く抜管をします。
④熱中症
気道閉塞によって、熱が蒸散されないことから、熱中症が起こることがあります。来院した患者さんの体温を測定し、必要に応じて冷却します。
また、熱中症の合併症として、凝固機能異常や、臓器不全が起こる可能性があります。安定後も全身状態をしっかりとモニターします。
安定化の後
気管挿管されていた場合、抜管して患者さんが安定していることを確認します。気管虚脱の診断及び、治療プランを立てます。他の疾患が合併して、気道閉塞が悪化していないかを確認する必要があります。
例えば、軟口蓋過長症が合併している場合、軟口蓋を短縮する手術をすることで、生活の質が保たれる可能性があります。
気管虚脱は基本的には内科治療です。飼い主さんは、内科治療で気管がよくなることはない、と理解しておく必要があります。最後の手段として外科が選択されることもあります。
すぐに外科に飛びつくのではなく、内科治療でできることはないかを最大限考慮した上で、専門医と相談の上適応を確認します。
気管虚脱の内科治療
いかなる気管の圧迫(首回りの脂肪含め)も咳の原因になります。咳によって気管に炎症が起こることでさらに、胸腔内の陰圧が悪化し、咳が助長される、という悪循環に陥ります。よって、咳の悪循環を断つことが内科治療のゴールとなります。
- 体重管理
- 首輪の使用–>ハーネスへ
- 咳止め
- 興奮させない
気管虚脱の外科治療
内科治療に反応しない場合、気管ステントが適応になります。しかし、全ての気管虚脱の患者さんが気管ステントの適応になるとは限りません。例えば、重度な慢性気管支炎を合併している場合は不適応となります。
この手術は侵襲性が高く、一度設置したら取り出せないため、最後の手段として行われる手術です。外科療法は、内科治療を全て試したけれども効果がない、生活の質が向上しない場合に選択される治療法になります。
まとめ
この記事では、気管虚脱の病態及び、緊急時の安定化についてご紹介しました。安定化に関しては、気管虚脱だと気が付く事ができるか。そして安定化後では、気管虚脱以外の病態を除外する事が重要になります。
そして、この様な緊急症例は、看護師さんとの連携が欠かせません。看護師さん様の記事も併せてご覧ください。