はじめに
この記事では、血胸、膿胸、乳び胸の定義および、鑑別診断について説明していきます。胸水の性状検査についてはこちらの記事もご覧ください。
こちらの記事では、呼吸が速い、努力呼吸、といった症状で来院された患者さんに対して、鑑別診断を11つのカテゴリーに分類して解説してます。
血胸
血胸とは、胸水中に赤血球が混ざった状態を示します。
ほんの数%の血液の混入によっても、肉眼的にサンプルが赤く見えることがあるので、実際にPCVを確認することが重要です。
血胸の定義
血胸の定義は以下になります。
- 人医療の血胸の定義:胸水のPCVが末梢血管血の50%以上であること、もしくは胸水のPCVが25-50%であること。
- 獣医療での血胸の定義:明確なPCVによる定義はないが、一般的に胸水のPCVが20-25%以上(10%といわれることもある)の場合、血胸が疑われる。また、末梢血のPCVと類似している場合、とも言われている。
例えば、胸腔内の腫瘤が破裂し、出血による血胸が生じたとします。しかし、正常な止血機構によって胸腔内出血が治ったとします。すると、胸水中の血漿成分が再吸収されるにつれて赤血球の濃度が濃く、つまりPCVが増加することになります。
胸腔内にどれだけの時間、胸水が存在していたかによっても、胸水の性状が変わりうるということを念頭におくことが重要です。一方、PCVが末梢血よりも高い胸水を見た場合、慢性的、もしくは過去の出血による胸水であることが予測できます。
逆に、PCVが10%以下の場合は、血液のコンタミネーションが起こっていることが予測されます。
腫瘍の出血による胸水は、止血機構によって、末梢血中の血小板や凝固因子が消費されているため、サンプル採取後にも凝固しません。急性の出血や、医原性に起こった血液の混入の場合、サンプルに血小板が含まれ、採取後にすぐに凝固します。
血胸の鑑別診断
血液性状によって、胸水が血液であるとわかったら鑑別診断を上げていきます。
血胸の原因でもっとも多いのは、胸腔内出血です。出血する原因としては以下が挙げられます。
- 胸腔内手術の術後合併症
- 胸腔内血管の裂傷(食道内異物、外傷など)
- 凝固異常
- 胸腔内腫瘤の破裂(心臓腫瘤、肺腫瘍など)
まずは、胸腔内手術の術後ではないか、外傷がないかをスクリーニングします。
そしてもっとも重要な鑑別の一つは、凝固異常です。アメリカでは、殺鼠剤中毒が非常に多いため、特に注意する必要があります。PT, APTTによって凝固因子のスクリーニングを行います。
凝固異常が除外されたら、初めてどこかしらの出血点(腫瘍や外傷)をさらなる検査によって探す必要があります。レントゲン、CT検査、心臓エコー検査などの検査に進みます。
膿胸
農協とは、その名の通り、膿が胸腔に貯留することです。
膿とは、炎症を起こした部位が化膿して生じる黄白色または黄緑色の不透明な粘液で、主に白血球と血清からなり、その他壊死した組織や死んだ細菌などが含まれています。
液体の性状は滲出性で、顕微鏡で覗いてみると、変性好中球や壊死細胞、細菌などが見られます。
膿胸の定義
膿胸の定義とは、膿性の胸水の貯留です。膿性とは、好中球の残骸を指します。
膿胸の鑑別診断
膿胸/感染性胸水の鑑別は以下になります。
- 異物
- 咬傷
- 肺炎
- 胸膜炎
- 肺膿瘍
- 食道や気道の穿孔
- 肺の寄生虫
- 腫瘍による膿瘍形成
- 特発性
獣医師によって、膿胸へのアプローチは異なります。ここでは詳しくは触れませんが、2つのアメリカの大学で膿胸の症例を何例か見てきましたが、初期対応、どこに転科させるか、という点は毎回少しこじれる印象です。
(外科介入に進む前の)初期対応に関しては、一刻も早く胸腔チューブを設置し、フラッシュして膿を希釈して胸膜炎を抑えるべきだという意見と、細いチューブを設置した場合、フラッシュした生理食塩水が回収できなくなる可能性があるため、外科的に太い胸腔チューブを入れるまで待つべきだ、という意見があります。
胸腔チューブの設置についてはこちらの記事も合わせてご覧ください。
乳び胸
乳びは白からピンク(ストロベリーミルクシェイク)色をしています。胸水中のトリグリセリドが >100 mg/dの場合に特徴的な色が観察されます。
細胞は、基本的には小型リンパ球が占めますが、複数回の胸腔穿刺によって非変性性好中球が増加することもあります。
乳び胸の定義
- 胸水中のトリグリセリド>血漿中のトリグリセリド
- 胸水中コレステロール= or <血漿中コレステロール
- 胸水中のコレステロール:トリグリセリドの比率が1以下
乳び胸の鑑別診断
- 心臓疾患
- 胸管狭窄
- 外傷性の胸管狭窄
- 前縦隔腫瘤
- 肺捻転
- 縦隔/腹膜心膜のヘルニア
- 猫のペースメーカー設置による合併症
- フィラリア症
- 遺伝性疾患
- 前大静脈の血栓
- 腕頭血管の結紮
- 特発性
以前、乳び胸の猫がERに来院した際、心臓の超音波検査でHCMが診断され、心原性の乳び胸が診断されたことがあります。そして、胸水を抜いて、心臓に対する治療を開始し、元気に退院していきました。
ところが数週間後に、その患者さんは胸水を主訴にERに返ってきました。飼い主さんによると、かかりつけの病院で「心臓の病気が原因で乳び胸にはならない」と言われ、心臓の薬を投薬するのをやめた。とのことでした。
猫で最も多い乳び胸の原因は、HCMと言われています。いかに鑑別診断をしっかり考えることが重要かが分かります。
まとめ
この記事では、胸腔内の異常に関する鑑別診断を挙げていきました。鑑別診断リストを作り、どの可能性が最も高いかを考え、そして診断プラン(心臓の超音波なのか、CTなのか、超音波なのか)を立てていくことで、見逃しなく診断にたどり着ける可能性が高くなります。